知財トラブルの最前線から学ぶ、リスク回避と収益化の「攻め」の戦略

はじめに
株式会社IPリッチのライセンス担当です。
近年、企業の規模を問わず、知的財産(知財)を巡る紛争やトラブルが頻発しています。グローバル化とデジタル化が加速する現代において、商標や意匠といった知財は、自社のブランドを守る「盾」であると同時に、莫大な収益を生み出す「矛」としての側面を強めています。かつては法務部門の片隅で管理されていた知財が、今や経営戦略の中核を担う重要な資産となっているのです。本記事では、皆様もよくご存知の「iPhone」や「マリカー」、「スターバックス」などの著名な事例を詳細に紐解きながら、知財リスクの実態と、それを収益に変えるための戦略的な視点について解説します。また、2025年以降に深刻化する知財人材不足の問題にも触れ、企業が勝ち残るための具体的なアクションプランを提示します。
知的財産の「収益化」と専門人材確保の急務
企業経営において、知的財産権の取得や維持にかかる費用は「コスト」と見なされがちですが、この認識は早急に改める必要があります。「知財の収益化」こそが、現代企業に求められる攻めの姿勢です。保有する特許や商標を他社にライセンス供与することで得られるロイヤリティ収入や、知財を裏付けとしたM&Aによる企業価値の向上など、知財は直接的なキャッシュフローを生み出す源泉となり得ます。後述する事例でも触れますが、たった一つの商標権が年間数億円規模の利益をもたらすケースも珍しくありません。知財を死蔵させることなく、事業の収益柱として育て上げることが、持続的な成長への鍵となります。
しかし、こうした高度な知財戦略を立案・実行するためには、専門的な知見を持ったプロフェッショナルが不可欠です。現在、多くの企業で知財人材が不足しており、経営課題となっています。もし、貴社が知財に強い人材の採用を検討されているのであれば、知財専門の求人プラットフォームを活用することが最短の解決策です。知財人材を採用したい事業者の皆様は、ぜひ「PatentRevenue」で求人情報を無料で登録することをご検討ください。専門性の高い母集団から、貴社の戦略に合致した即戦力に出会えるはずです。
年間1億円の対価を生んだ「iPhone」商標のライセンス戦略
スマートフォン市場を牽引するアップル社の「iPhone」。世界中で知られるこの名称ですが、実は日本国内において、「アイホン」という商標権を保有しているのはアップル社ではありません。名古屋に本社を置くインターホン大手の「アイホン株式会社」が、アップル社がiPhoneを発表する遥か以前、1950年代からこの商標を登録し、大切に維持してきました。
商標権がもたらす巨額のライセンス料
アップル社が日本でiPhoneを発売する際、この既存の商標権との抵触が大きな障壁となりました。商標法では、先に出願・登録された商標と同一または類似する商標を、同一または類似の商品区分で使用することはできません。結果として、アップル社はアイホン株式会社との間で商標の使用許諾(ライセンス)契約を締結することになります。
一部の報道によれば、この契約によるライセンス料は年間約1億円にも上ると言われています。これは、アイホン株式会社にとって、本業のインターホン事業とは別に、純粋に「知財権」そのものが生み出した収益です。中小・中堅企業にとって、年間1億円の営業外収益がどれほど大きなインパクトを持つかは想像に難くありません。
「名前の先取り」が市場を制する
この事例から学べる最大の教訓は、早期の商標登録の重要性です。「名前を制する者が市場を制す」という言葉通り、独自のブランド名やネーミングをいち早く権利化しておくことは、将来的に大企業との交渉において強力な武器となります。逆に、アップル社のような巨大企業であっても、進出先の国の知財状況を無視してビジネスを展開することはできないという、知財リスクの恐ろしさを示す好例でもあります。事前の商標調査を徹底し、リスクがあればライセンス契約を結ぶという、誠実かつ戦略的な対応が求められるのです。
「マリカー」訴訟における損害賠償と不正競争防止法の適用
知財トラブルの中で、近年特に注目を集めたのが、任天堂が公道カートレンタル事業を展開していた「株式会社マリカー(現・MARIモビリティ開発)」を訴えた事例です。この裁判は、単なる商標権侵害にとどまらず、不正競争防止法違反が争点となり、最終的に高額な損害賠償が命じられました。
損害賠償額が5000万円へ増額された理由
当初、東京地裁での第一審判決では損害賠償額は1,000万円とされていました。しかし、知的財産高等裁判所(知財高裁)での控訴審では、その額が一気に5,000万円へと引き上げられました。なぜ、これほどまでに賠償額が増額されたのでしょうか。
その背景には、被告側の行為の「悪質性」と、任天堂ブランドへの「ただ乗り(フリーライド)」に対する司法の厳しい判断があります。裁判所は、「マリカー」という標章が、任天堂の著名なゲームソフト「マリオカート」の略称として広く需要者に認識されていると認定しました。その上で、被告企業が社名やサービス名に「マリカー」を使用し、さらにマリオ等のキャラクターのコスチュームを客に貸与していた行為は、任天堂の業務上の信用を害し、不当に利益を得る「不正競争行為」に該当すると断じたのです。
商標登録の有無を超えた「ブランド保護」
興味深いのは、被告側が「マリカー」という商標を出願していたにもかかわらず、裁判所がそれを「権利の濫用」として退けた点です。裁判所は、「平成22年頃には既に『マリカー』という表示は任天堂の商品を示すものとして著名であった」とし、後から商標権を主張することは許されないとしました。
この判決は、企業に対し、「商標登録さえしていなければ大丈夫」あるいは「自社で出願中だから大丈夫」という甘い認識を捨て去るよう警告しています。実質的に他社の著名ブランドに便乗するビジネスモデルは、不正競争防止法という強力な法律によって厳しく制裁されるリスクがあるのです。5,000万円という賠償額は、知財コンプライアンスを軽視した代償の大きさを示しています。
| 比較項目 | 第一審(東京地裁) | 控訴審(知財高裁) |
| 損害賠償額 | 1,000万円 | 5,000万円 |
| 主な争点 | 不正競争行為の成否 | 損害額の算定、行為の差止め |
| 判決の要旨 | 侵害認定 | 賠償額増額、使用差止めの範囲拡大 |
スターバックスを巡る類似性判断と商標紛争の行方
世界的なブランドであるスターバックスも、そのロゴや名称を守るために世界中で数多くの知財紛争を繰り広げています。しかし、常にスターバックス側が勝利するわけではありません。2025年に日本で下された最新の判決や、海外での事例を見ると、商標の「類似性」がいかに厳密に判断されるかが分かります。
「Starboss」は非類似とした2025年の知財高裁判決
2025年10月、日本の知財高裁において、スターバックスが「STARBUCKS」と類似しているとして登録無効を求めていた商標「STARBOSS」に関する判決が出されました。ケンコーマン株式会社が登録した「STARBOSS」に対し、スターバックス側は外観や称呼の類似、出所の混同を主張していましたが、裁判所はこれを退けました。
判決のポイントは以下の通りです。
- 外観の差異: 語尾の「UCKS」と「BOSS」の違い、特に中間の「OS」と「UCK」の文字の違いは、短い単語において視覚的に大きな差異を生む。
- 称呼(読み方)の差異: 「スターバックス」と「スターボス」。後半部分の「バ」と「ボ」は共に破裂音で強い印象を与えるが、母音が「a」と「o」で明らかに異なり、聴覚上も区別できる。
このように、たとえ「STAR」という共通語を含み、語呂が似ているように感じられても、法的な「類似性」の判断は、外観・称呼・観念(意味)の3要素を総合的かつ厳密に検討して行われます。なんとなく似ているからといって直ちに権利侵害となるわけではない、という商標法の精緻な運用が見て取れます。
「円形ロゴ」は誰のものか? マウントレーニアとの争い
また、ロゴデザインを巡る争いも活発です。スターバックスは、森永乳業のチルドカップコーヒー「マウントレーニア(Mt. RAINIER)」のロゴ(緑色の二重円の中に山のイラスト)が、自社のロゴ(緑色の二重円の中に人魚)に類似しているとして、シンガポールや韓国などで異議を申し立てていました。
しかし、各国の裁判所や特許庁は、両者の商標は「非類似」であると判断しました。「緑色の円形」という抽象的な構成はスターバックスの独占物ではなく、中心に描かれているモチーフ(人魚と山)が明らかに異なるため、消費者が混同する恐れはないとされたのです。これらの事例は、ブランドのアイデンティティを構成する要素がどこにあるのかを客観的に分析することの重要性を示唆しています。
食品業界における「見た目」の権利と立体商標の活用
食品やスイーツの分野でも、商品の名称や形状を巡る知財トラブルは後を絶ちません。「堂島ロール」の事例や、2025年に登録された「ポッキー」の立体商標の事例は、食品メーカーが取るべき知財戦略のヒントを与えてくれます。
「堂島ロール」商標権侵害事件の教訓
かつて一世を風靡した「堂島ロール」。製造販売元のモンシュシュ(現・モンシェール)に対し、老舗洋菓子メーカーのゴンチャロフ製菓が商標権侵害で訴えた事件は、業界に衝撃を与えました。ゴンチャロフ製菓は以前から類似の商標を保有しており、裁判所はモンシュシュ側の侵害を認定。商標の使用差し止めと約3,500万円の損害賠償支払いを命じました。
この事件は、たとえ爆発的なヒット商品であっても、事前の商標調査が不十分であれば、後にブランド名の変更や巨額の賠償金を余儀なくされるというリスクを浮き彫りにしました。ビジネスの立ち上げ段階における知財クリアランス(権利確認)がいかに重要であるか、痛感させられる事例です。
「ポッキー」の形状が立体商標として登録
一方で、2025年8月には明るいニュースもありました。江崎グリコの「ポッキー」の形状が、特許庁によって立体商標として登録されたのです。立体商標とは、商品の形状そのものを商標として保護する制度ですが、単なる棒状のチョコレート菓子が「他社製品と区別できる識別力を持つ」と認められるハードルは極めて高いものです。
今回の登録は、発売から60年以上にわたり、一貫した形状で販売を続け、消費者の記憶に深く定着させたブランド努力の結晶と言えるでしょう。ペコちゃんやカーネル・サンダース人形のようなキャラクターではなく、シンプルな菓子の形状が権利化されたことは、長期的なブランド資産の形成という意味で画期的な成果であり、他社が容易に模倣できない強力な独占権を手に入れたことを意味します。
2025年問題と知財人材不足への戦略的対応
ここまで見てきたように、知財を巡る環境は複雑化の一途をたどっています。商標の類似性判断、不正競争防止法の解釈、立体商標によるブランド保護など、高度な専門知識を要する判断が日常的に求められています。しかし、日本企業は今、深刻な「知財人材不足」という危機に直面しています。
労働力人口の減少と採用難
2025年、団塊の世代が75歳以上となることで労働力人口が急激に減少する「2025年問題」が本格化しています。知財業界も例外ではなく、これまで実務を支えてきたベテラン層の引退が進む一方で、若手の知財専門家の育成は追いついていません。その結果、企業間での知財人材の争奪戦は激化しており、従来の待ちの採用手法では優秀な人材を確保することが困難になっています。
知財リスクを回避し、iPhoneの事例のように知財を収益化へと繋げるためには、経営戦略と知財戦略を統合できるリーダー人材が必要です。アウトソーシング(特許事務所への依頼)も有効ですが、社内にビジネスの文脈を理解した知財担当者がいるかいないかで、意思決定のスピードと質には雲泥の差が生まれます。
結論
本記事では、マリカー、iPhone、スターバックス、ポッキーといった具体的な事例を通じて、知財リスクの恐ろしさと、それを乗り越えた先にある収益化の可能性について解説してきました。
重要なポイントをまとめます。
- フリーライドは高くつく: マリカー事件が示すように、安易な便乗商法は法的制裁を受け、企業の存続を脅かす。
- 事前の調査が全て: 堂島ロールやiPhoneの事例は、事業開始前の商標調査と、必要に応じたライセンス契約の重要性を教えてくれる。
- 権利の範囲を見極める: Starbossやマウントレーニアの判決は、商標の類似性が厳密に判断されることを示しており、過度な萎縮も、過度な攻撃も避けるべきであることを示唆している。
- 知財は育てる資産: ポッキーの立体商標のように、長年の実績が強力な権利を生み出し、ライセンス料のような直接的な収益をもたらす可能性がある。
これらの知財戦略を実行するのは、最終的には「人」です。AI技術が進化しても、複雑な権利関係を整理し、ビジネスの交渉に落とし込む人間力は代替できません。経営者の皆様には、知財を単なる管理業務と捉えず、事業の成長エンジンとして位置づけ、そのための人材投資を惜しまないことを強くお勧めします。「PatentRevenue」のような専門チャネルを活用し、貴社の知財戦略を牽引するパートナーを見つけてください。攻めと守りの両輪で知財を活用できた企業こそが、次の時代を勝ち抜くことができるのです。
参考文献リスト
- iRify国際特許事務所, 「有名な商標権侵害事例 日本 企業」, https://www.irify.jp/topics/ziken.html
- ファーイースト国際特許事務所, 「アイホン商標権ライセンス料1億5千万の件」, https://fareastpatent.com/tv/iphone-trademark.html
- iRify国際特許事務所, 「商標権侵害 事例 有名 日本 企業 (詳細)」, https://www.irify.jp/topics/ziken.html
- ITmedia NEWS, 「『マリカー』訴訟、任天堂の勝訴確定 損害賠償額は5000万円」, https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2012/28/news077.html
- Marks IP Law Newsletter, 「スターバックス エル・パソ 商標登録取消 裁判」, https://japan.marks-iplaw.jp/newsletter-236/
- Japan Law Cases, 「スターバックス エル・パソ 商標登録取消 裁判 判決文」, https://hanrei.japanlaw.net/a/716/089716
- iRify国際特許事務所, 「面白い 商標権侵害 事例 日本 (どん兵衛)」, https://www.irify.jp/topics/ziken.html
- 日本大学法学部 知財ジャーナル, 「マリカー訴訟 知財高裁 判決文 不正競争防止法 商標法 争点」, https://www.publication.law.nihon-u.ac.jp/pdf/property/property_12/each/08.pdf
- 7 JIII Patent News, 「マリカー訴訟 知財高裁 判決文 不正競争防止法 商標法 争点 (詳細)」, https://www.jiii.or.jp/patent-news/contents19/201904/201904_9.pdf
- Innoventier, 「マリカー訴訟 知財高裁 判決文」, https://innoventier.com/archives/2020/03/9764
- JETRO, 「スターバックス マウントレーニア 商標 争い (韓国)」, https://www.jetro.go.jp/world/asia/kr/ip/case/2017/case177_03.html
- 10 livedoor News, 「シンガポールで、スターバックスが森永乳業『マウントレーニア』を訴えた」, https://news.livedoor.com/topics/detail/13961398/
- JETRO, 「スターバックス マウントレーニア 商標 日本 裁判 (詳細)」, https://www.jetro.go.jp/world/asia/kr/ip/case/2017/case177_03.html
- Hubble, 「知財人材 不足 採用 課題 2025」, https://www.hubble-docs.com/event/2024-09-24
- 商標登録.com, 「Glicoの『Pocky』(ポッキー)の形状が立体商標登録に」, https://shohyo-toroku.com/blog/trademark.html


