戦略的M&Aにおける知的財産権の承継とリスク管理:株式譲渡と事業譲渡の法的・実務的比較分析に関する包括的レポート

目次

エグゼクティブ・サマリー

現代の企業戦略において、M&A(合併・買収)は時間を購入し、技術的競争優位を非連続的に獲得するための主要な手段である。しかし、その成否を分ける最大の要因の一つが、企業のコア価値である「知的財産(IP)」の取り扱いにある。特に、日本国内のM&A実務において頻繁に選択される二つのスキーム、すなわち**「株式譲渡(Stock Transfer)」「事業譲渡(Business Transfer)」**は、知的財産の承継メカニズムにおいて対極的な法的性質を有しており、買収者が負うべきリスクと手続き的負担は根本的に異なる。

本レポートは、IPビジネスの専門家および企業法務担当者を対象に、これら二つのスキームにおける知的財産権(特許権、商標権、著作権等)の取り扱いを、日本の特許法制(特に第73条および第98条)の観点から精緻に分析するものである。特に、実務上見落とされがちな「チェンジ・オブ・コントロール条項(COC)」によるライセンス契約の消滅リスク、共有特許における同意取得の壁、そして中小企業M&Aガイドラインに基づく適正なデューデリジェンス(DD)のあり方について、提供されたリサーチ資料に基づき網羅的に論じる。

結論として、株式譲渡は「包括承継」による手続きの簡便さを提供する一方で、簿外債務やCOC条項による契約解除リスクという「不可視の爆弾」を抱え込む可能性がある。対して事業譲渡は、「特定承継」によりリスクを遮断できる反面、特許法第98条に基づく移転登録の効力発生要件や、ライセンサーおよび共同特許権者の同意取得という「手続きの泥沼」を突破する必要がある。本稿では、これらの法的構造を解き明かし、ディール価値を最大化するための戦略的指針を提示する。


第1章 M&Aスキーム選択における構造的視座:包括承継と特定承継

M&Aのスキーム選択は、単なる税務上・会計上の決定ではなく、対象会社が保有する権利義務の「連続性」をどのように維持、あるいは遮断するかという法的構造の選択である 。知的財産権の観点からは、対象会社そのものを手に入れるか、対象会社から資産を切り出して手に入れるかによって、適用される法原理が180度転換する。   

1.1 株式譲渡:法的人格の維持と包括承継の原理

**株式譲渡(Stock Transfer)**は、対象会社の株主が保有する株式を買主(譲受企業)に譲渡することで、対象会社の経営権(支配権)を移転させる手法である 。このスキームの最大の特徴は、対象会社(Target Company)の「法人格」がそのまま維持される点にある。   

法的には、特許権や契約上の地位の主体はあくまで「対象会社」であり、株主が入れ替わったとしても、権利の主体に変更は生じない。これを**「包括承継(Comprehensive Succession)」**と呼ぶ 。   

  • 資産のパッケージ化: 買主は、対象会社という「器(うつわ)」ごと資産を取得する。この中には、特許権、商標権、ノウハウ、顧客リスト、従業員との雇用契約、そして借入金や偶発債務まで、すべてが含まれる。
  • 手続きの自動性: 原則として、個々の資産について移転手続きを行う必要がない。特許庁に対する特許権者名の変更登録も不要であるため、膨大な特許ポートフォリオを持つ企業の買収においては、手続きコストを劇的に圧縮できる 。   

1.2 事業譲渡:資産の選別と特定承継の原理

**事業譲渡(Business Transfer)**は、対象会社が行っている事業の全部または一部を、個別の契約によって買主に譲渡する手法である 。ここでは、法人格は移転せず、対象会社の中に残る。買主は、契約書において「特定」された資産と負債のみを引き継ぐ。   

これを**「特定承継(Specific Succession)」**と呼ぶ 。   

  • 資産のチェリーピッキング: 買主は、価値のある特許や有望な事業部門のみを選別(チェリーピッキング)し、不採算部門や訴訟リスク、簿外債務を売り手に残すことができる 。この「リスク遮断機能」こそが事業譲渡の最大の戦略的メリットである。   
  • 手続きの個別性: しかし、権利は自動的に移転しない。特許権一つひとつ、契約書一本一本について、個別に移転手続きと対抗要件の具備(登録など)を行わなければならない。これは実務上、極めて重い負担となる。

1.3 スキーム比較マトリクス:知的財産への影響

以下の表は、両スキームにおける知的財産(IP)関連の主要な相違点を整理したものである。

比較項目株式譲渡(Share Purchase)事業譲渡(Asset Purchase)
承継の性質包括承継(会社丸ごと承継)特定承継(個別資産の承継)
IPの移転メカニズム自動的(権利者は法人のまま変わらず)個別的(契約書での特定が必須) 
特許庁への登録原則不要(社名変更時のみ必要)必須(効力発生要件) 
移転コスト(登録免許税)低(役員変更登記等のみ)高(特許1件につき1.5万円) 
簿外債務リスク極大(知財訴訟リスクも承継)極小(契約対象外のリスクは遮断)
契約(ライセンス)の承継原則承継(COC条項に注意)原則再契約(相手方の同意が必要)
従業員・発明者の承継そのまま承継(雇用契約維持)再雇用・転籍(個別の同意が必要) 

第2章 株式譲渡における深層リスク分析:不可視の負債と契約の罠

株式譲渡は、その手続きの簡便さゆえに大型M&Aの主流となっているが、IPデューデリジェンス(DD)の観点からは、表面化していないリスク(潜伏する瑕疵)をいかに発見するかが勝負となる。

2.1 簿外債務と知財訴訟リスクの不可避性

包括承継の最大の弊害は、「毒」まで飲み込んでしまうことにある 。 買収対象会社が、第三者の特許権を侵害している製品を製造・販売していた場合、あるいは過去に侵害していた場合、その損害賠償債務や差止請求のリスクは、買収後の会社(ひいては親会社となった買主)にそのまま降りかかる。   

  • 事例的考察: ある製造業のM&Aにおいて、対象会社が使用していた生産設備が第三者の特許を侵害していることが、買収完了(クロージング)後に発覚したとする。株式譲渡の場合、この設備の撤去義務や賠償責任から逃れることは法的に不可能である。DDにおいては、単に対象会社が保有する特許の価値評価(バリュエーション)を行うだけでなく、**「侵害予防調査(FTO: Freedom to Operate)」**を徹底し、事業継続に対する法的障害がないかを確認する必要がある 。   

2.2 チェンジ・オブ・コントロール(COC)条項の脅威

株式譲渡では契約関係は維持されるというのが原則であるが、これには重大な例外が存在する。それが**「チェンジ・オブ・コントロール(COC)条項」**である 。   

2.2.1 COC条項のメカニズム

COC条項とは、契約当事者の一方(この場合は対象会社)の「支配権(Control)」に変更が生じた場合(例:株主の過半数が交代した場合)、相手方が契約を解除できる、あるいは事前の通知・承諾を義務付ける条項である。

2.2.2 戦略的リスクシナリオ

対象会社が、事業の根幹となる重要技術(例:ソフトウェアの基盤モジュール、バイオ医薬品の基本特許)を他社からライセンス(導入)している場合を想定する。もし、このライセンス契約にCOC条項が含まれており、かつ、買収者がライセンサー(技術供与者)にとっての「競合他社」であった場合、何が起きるか。

  1. クロージング: 株式譲渡が完了し、支配権が移動する。
  2. 条項発動: ライセンサーはCOC条項に基づき、即座にライセンス契約を解除する 。   
  3. 事業停止: 対象会社は基盤技術を失い、製品の製造・販売ができなくなる。
  4. 価値毀損: M&Aの目的であった事業価値が瞬時に消滅する。

リサーチ資料  によれば、COC条項は「敵対的買収の防止」や「競合への技術流出防止」を目的として設定される。したがって、IPデューデリジェンスにおいては、全ての重要ライセンス契約(インバウンドおよびアウトバウンド)を精査し、COC条項の有無を確認することが最優先事項となる。もし発見された場合、クロージング前にライセンサーから**「COC適用除外の承諾(Waiver)」**を取得することを、売主に対する前提条件(Closing Condition)とする必要がある。   

2.3 職務発明規定と対価の未払い

株式譲渡では従業員もそのまま承継されるが、これに伴い**「職務発明対価」**に関する潜在的債務も承継される点に注意が必要である。 特許法第35条に基づき、従業員が発明を行った場合、企業は「相当の利益(旧法では相当の対価)」を支払う義務がある。対象会社が過去に適切な対価を支払っていなかった場合、買収後に従業員(発明者)から訴訟を起こされるリスクがある。DDでは、社内規定の整備状況と実際の支払履歴を確認し、未払いリスクを定量化しなければならない 。   


第3章 事業譲渡における法的障壁:特許法第98条と手続きの厳格性

事業譲渡は、必要な資産のみを抽出できる点で柔軟性が高いが、その実行には日本の特許法固有の厳格な手続き的要件が立ちはだかる。

3.1 「特定」の原則と記載漏れリスク

事業譲渡においては、契約書に記載されていない資産は一切移転しない 。 「その他一切の資産」といった包括的な条項(キャッチオール条項)は、債権譲渡等の一般法分野では有効な場合があるが、知的財産の登録実務においては機能しないことが多い。特許庁への移転登録申請には、特許番号を明記した譲渡証書が必要となるからである。   

  • 実務上の教訓: DDにおいて発見された特許リストと、最終契約書(Definitive Agreement)の別紙リストに齟齬がないよう、完璧な照合が求められる。記載漏れ(ドロップ)があれば、その特許は売主の手元に残ったままとなり、後日、追加譲渡のためにさらなる交渉や対価を要求されるリスクがある。

3.2 特許法第98条:登録は「対抗要件」ではなく「効力発生要件」

事業譲渡における最大のリスクポイントは、特許権の移転効力の発生時期に関する法的誤解である。

特許法第98条第1項第1号(登録の効力) 「次に掲げる事項は、登録しなければ、その効力を生じない。一 特許権の移転(相続その他の一般承継によるものを除く。)…」    

一般の動産であれば引渡しによって、著作権であれば当事者の意思表示(契約)のみによって権利は移転し、登録は第三者に対する対抗要件に過ぎない 。しかし、特許法(および実用新案法、意匠法、商標法)においては、登録が「効力発生要件」とされている。   

3.2.1 「魔の空白期間」のリスク

これは、事業譲渡契約書に署名し、代金を全額支払ったとしても、特許庁原簿への登録が完了するまでは、法的に特許権は買主に移転していないことを意味する。 この「契約締結から登録完了まで」のタイムラグ(空白期間)に、以下の事態が発生すると致命的である。

  1. 二重譲渡: 売主が悪意を持って、第三者に同じ特許を譲渡し、第三者が先に登録を済ませてしまった場合、買主は権利を取得できない(早い者勝ち)。
  2. 差押え: 売主の債権者が特許権を差し押さえた場合、未登録の買主はこれに対抗できない可能性がある。
  3. 倒産: 売主が破産手続きに入った場合、特許権は破産財団に組み込まれ、買主は単なる債権者として扱われるリスクがある。

したがって、事業譲渡においては、**「クロージングと同時に移転登録申請を行うこと」**が鉄則であり、司法書士や弁理士と連携した秒単位のスケジュール管理が求められる。また、登録免許税(1件あたり15,000円)の負担区分も契約で明確に定めておく必要がある 。   

3.3 ライセンス契約の「再取得」と同意の壁

事業譲渡では、契約上の地位は自動承継されない。

  • インバウンド・ライセンス: 対象事業に不可欠なソフトウェアや技術のライセンス契約も、事業譲渡に伴って移動させるには、ライセンサーの個別の**同意(Consent)**が必要となる 。   
  • アウトバウンド・ライセンス: 対象会社が第三者に特許をライセンスしてロイヤルティ(使用料)を得ている場合、そのライセンス契約(収益源)を承継するには、ライセンシー(借り手)の同意が必要となる。

同意が得られなければ、買主は「特許権」という箱だけを手に入れ、中身の「収益契約」や「使用権」を失うことになる。特に、ライセンサーが買主の競合である場合、同意を拒否される、あるいは法外な承諾料(ハンコ代)を要求されるリスクが高い。


第4章 共有特許の罠:特許法第73条と「同意」のパラドックス

IPデューデリジェンスにおいて最も見落とされやすく、かつディール・ブレーカー(破談要因)となり得るのが、**「共有特許(Joint Ownership Patent)」**の取り扱いである。ここでは、株式譲渡と事業譲渡で全く異なる法的結末が待っている。

4.1 特許法第73条の構造的制約

特許法第73条は、共有者間の信頼関係を保護するため、持分の処分や実施許諾に厳しい制限を課している。

特許法第73条第1項(持分の譲渡) 「特許権が共有に係るときは、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、その持分を譲渡し、又はその持分を目的として質権を設定することができない。」    

特許法第73条第3項(実施許諾) 「…他の共有者の同意を得なければ、その特許権について専用実施権を設定し、又は他人に通常実施権を許諾することができない。」    

この規定は、共有者が意図しない第三者(例えば競合他社や、実施能力のないパテント・トロール等)とパートナーになることを防ぐための「信頼関係維持の法理」に基づいている 。   

4.2 事業譲渡における「拒否権」の壁

事業譲渡において、対象となる特許が他社(例:共同研究先の大学やパートナー企業)との共有特許であった場合、売主が自己の持分を買主に譲渡するには、共同保有者全員の同意が必須となる 。   

  • シナリオ: スタートアップ企業(売主)が、大学との共同研究で基本特許を取得している。大企業(買主)が事業譲渡スキームでこの事業を買収しようとした。
  • 帰結: 大学側が「大企業への譲渡は想定していない」「契約条件を見直したい」として同意を拒否、あるいは審議に時間をかけた場合、特許の移転は完了しない。共同保有者は事実上の**「拒否権(Veto Right)」**を持つことになり、M&Aのスケジュールを完全に支配する。

4.3 株式譲渡における「法の抜け穴」

一方、株式譲渡の場合、特許権の共有者である「対象会社」の法人格は変化しない。変わるのは株主だけである。 この場合、法的には「持分の譲渡(73条1項)」には該当しないと解釈されるのが一般的である 。   

  • 戦略的示唆: 共同保有者との契約(共同出願契約等)に、特に「支配権の変動(COC)があった場合も同意が必要」とする旨の特約がない限り、株式譲渡であれば、共同保有者の同意なくして実質的に共有持分の支配権を移転させることができる
  • もし対象会社が重要な共有特許を多数抱えており、共同保有者からの同意取得が難航すると予想される場合は、事業譲渡ではなく株式譲渡を選択することが、特許法73条の壁を回避する唯一の解となる場合が多い。

4.4 市場の共食い(カニバリゼーション)リスクの理解

なお、特許法73条2項は「各共有者は…他の共有者の同意を得ないでその特許発明の実施をすることができる」と定めている(自己実施の自由) 。 これは一見公平に見えるが、M&Aの文脈では重大なリスクを示唆する。もし買主が、生産能力の巨大な企業であり、共有特許の持分を取得した場合、同意なしに大量生産・販売を行うことができる。これにより、市場があっという間に飽和し、他の共有者(生産能力の低い中小企業や大学)が利益を得る機会を奪う「市場の食い合い」が発生する可能性がある 。 DDにおいては、対象会社が共有者に対して「不実施補償」等の契約義務を負っていないか、あるいは逆に、共有者が強力な競合他社であり、買収後に市場を荒らされるリスクがないかを確認する必要がある。   


第5章 デューデリジェンス(DD)の実践的アーキテクチャとSMEガイドライン

M&AにおけるIPデューデリジェンスは、単なるリスト作成作業ではない。それは、買収後の事業計画(Business Plan)の実現可能性を検証するプロセスである。特に、中小企業(SME)が関与するM&Aにおいては、経済産業省・特許庁のガイドラインに基づく倫理的かつ法的な配慮が不可欠となっている。

5.1 現代的IP-DDのチェックリスト体系

以下に、プロフェッショナルが実施すべきIP-DDの主要項目を体系化する。

カテゴリ調査項目特に株式譲渡で重要特に事業譲渡で重要
権利の帰属登録原簿との突合、職務発明規定の確認 ◎(移転登録の前提)
契約関係ライセンス契約のCOC条項、共同研究契約 ◎(契約消滅リスク)○(同意取得リスク)
有効性・質特許の残存期間、無効審判の有無、経過情報の確認 
侵害リスクFTO調査(他社特許侵害の可能性)、警告書の有無 ◎(包括承継のため)○(遮断可能だが確認必須)
担保権質権、譲渡担保の設定状況 ◎(抹消しないと移転不可)
人的資産キーマン(発明者)の在籍状況、守秘義務契約 ◎(転籍同意が必要)

5.2 中小企業(SME)M&Aにおける知財ガイドラインの遵守

近年、大企業とスタートアップ・中小企業間のM&Aやオープンイノベーションにおいて、知財の取り扱いに関する不公正な取引が問題視されている。これを受け、経済産業省・特許庁は**「知的財産取引に関するガイドライン」**を策定している 。DDおよび契約交渉においては、以下の点に留意し、コンプライアンス違反(下請法や独占禁止法上の優越的地位の濫用)のリスクを回避しなければならない。   

  1. 秘密保持契約(NDA)の締結: 技術情報やノウハウの開示を受ける前に、必ずNDAを締結すること。秘密情報の開示を強要し、契約なしに情報を取得する行為は厳禁である 。   
  2. デューデリジェンス名目の技術奪取の禁止: DDを通じて得た情報を、M&Aが破談になった後に自社事業に流用することは、営業秘密の不正取得として法的責任を問われる可能性がある。
  3. 無償譲渡・無償許諾の強要禁止: 立場の強さを利用して、対象会社のIPを無償で譲渡させたり、買収の条件として関係のない特許のライセンスを強要したりすることは、ガイドライン違反となる 。   
  4. 適正な対価評価: 共同開発の成果や、中小企業の独自のノウハウについては、貢献度に応じた適正な評価(バリュエーション)を行い、対価に反映させる必要がある 。   

プロフェッショナルとしては、これらのガイドラインを遵守することが、レピュテーションリスクの管理だけでなく、買収後のPMI(Post-Merger Integration)における対象会社従業員のモチベーション維持にも不可欠であることを認識すべきである。


第6章 契約によるリスクヘッジとクロージング戦略

DDで発見されたリスクが「致命的(Deal Breaker)」でない場合、それは契約交渉によって管理・低減すべき事項となる。

6.1 表明保証(Representations and Warranties)

売主に対して、対象会社および資産の状態が真実かつ正確であることを契約上で保証させる 。IPに関しては以下の条項が標準的である。   

  • 「対象会社がIPの正当な権利者であり、担保権等が設定されていないこと」
  • 「対象会社の事業が、第三者の知的財産権を侵害していないこと(非侵害保証)」
  • 「従業員に対する職務発明対価の支払いが完了していること」

株式譲渡において、後に簿外債務(例:未払いの発明対価や特許侵害訴訟)が発覚した場合、買主はこの表明保証違反に基づいて売主に損害賠償を請求する(補償条項)。

6.2 誓約事項(Covenants)とクロージング条件

  • COCウェイバーの取得: 株式譲渡の場合、重要なライセンス契約について、クロージング日までにライセンサーからCOC条項の適用除外(承諾書)を取得することを、売主の義務(誓約事項)とし、もし取得できなければクロージングを行わない(前提条件の不成就)という構成にする。
  • 移転登録への協力: 事業譲渡の場合、売主に対し、移転登録申請に必要な書類(委任状、譲渡証書)をクロージング時に即座に交付することを義務付ける 。費用負担(登録免許税や代理人費用)についても明記する。   

第7章 ポスト・マージャー・インテグレーション(PMI)と知財収益化戦略

M&Aの完了はゴールではなく、価値創造のスタート地点である。取得したIPポートフォリオをどのように統合し、収益化(Monetization)するかという戦略的視点が欠かせない。

7.1 登録管理と権利維持

事業譲渡の場合、最優先事項は特許庁への移転登録申請である 。 また、株式譲渡の場合であっても、社名変更が生じる場合は特許権者の表示変更登録が必要となる。さらに、膨大な特許群の中には、維持年金(Maintenance Fee)を支払う価値のない「休眠特許」が含まれていることが多い。PMIの初期段階でポートフォリオの棚卸しを行い、放棄すべき権利を選別することで、ランニングコストを削減する(知財の断捨離)。   

7.2 知財戦略の統合と収益化モデル

リサーチ資料にある成功企業の事例  は、買収後の知財活用に重要な示唆を与える。   

  • 「守り」と「攻め」の融合(キヤノン・モデル): 買収した技術を自社のコア技術と組み合わせ、他社の参入を阻止する強力な特許網(パテント・ポートフォリオ)を構築する 。   
  • オープン・クローズ戦略(マイクロソフト・トヨタ): 買収した特許の一部をあえて開放(オープン化)または無償提供することで市場そのものを拡大させ、コアとなる部分(クローズ領域)で利益を独占するエコシステム戦略 。   
  • 非コア資産のライセンス化(IBMモデル): M&Aで取得したものの、自社事業とシナジーの薄い特許については、積極的に他社へライセンス供与し、ロイヤルティ収入を得ることで買収コストを回収する 。   

プロフェッショナルは、単に「法的に権利を移転させる」だけでなく、このような「事業戦略としての出口(Exit)」を見据えたPMI計画を策定すべきである。


結論:専門家としての戦略的提言

本レポートにおける分析を通じて、M&Aにおける知的財産の取り扱いは、単なる法的手続きの集合体ではなく、ビジネスのリスクとリターンを決定づける戦略的要素であることが明らかになった。

  1. スキーム選択の分水嶺: 多数の特許と契約を持つ成熟企業の買収には、手続きコストを抑え包括的に承継する**「株式譲渡」**が適している。しかし、そのためには徹底的なDDによる簿外債務とCOCリスクの洗い出しが前提となる。
  2. 特定承継の活路: リスクの高い事業や不要な資産を切り離したい場合、あるいは特定の技術のみを一本釣りしたい場合は**「事業譲渡」**が唯一の解である。ここでは、特許法98条の登録要件と73条の同意要件をクリアするための緻密なロジスティクスが成功の鍵を握る。
  3. 法と戦略の融合: 特許法第73条の「共有者の同意」要件は、事業譲渡を阻む壁であるが、株式譲渡を選択することで合法的に回避(バイパス)できる。このような法制度の裏側にあるロジック(法人格の連続性 vs 信頼関係の法理)を理解することこそが、プロフェッショナルの付加価値である。

M&Aの現場において、知的財産は「見えない資産」であるがゆえに、そのリスクもまた見えにくい。本レポートが提示した視座——包括と特定の法的差異、登録の効力、契約の承継、そしてSMEガイドラインに基づく倫理観——を武器として、買収後の企業価値最大化に資する意思決定を行うことが、現代の経営層およびアドバイザーに求められる責務である。


参考文献・資料ID:

  •  patent-revenue.iprich.jp (Base Article)   
  •  GVA Law (Stock vs Business Transfer)   
  •  AMT Law (Art 98, Registration Tax)   
  •  JPO Text (Effect of Registration)   
  •  Various Sources (Art 73, Joint Ownership)   
  •  COC Clauses & DD   
  •  METI/JPO SME Guidelines   
  •  IP Strategy & Monetization Cases   
  •  Employee Invention Transfer   
  •  Patent Law Text (Art 98)   

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