知らずに刑事罰?特許侵害の重さと経営を揺るがすリスクの全貌

目次

序章:2024年「ピアノシューズ事件」が鳴らした警鐘

2024年3月、日本の知的財産業界、そして製造業界全体に激震が走りました。茨城県警竜ケ崎署が、特許法違反の疑いで神戸市の男性を逮捕したのです。容疑は、他人の特許権に係るピアノ演奏用シューズ(ピアノシューズ)を無断で販売したというものでした。特許権侵害事件において逮捕者が出たのは、実に1989年(平成元年)以来、約35年ぶりの事態であると報じられています。   

長きにわたり、日本のビジネス現場では「特許侵害=民事トラブル」という認識が支配的でした。企業間で特許紛争が起きても、それは損害賠償や差止請求といった民事訴訟、あるいはライセンス交渉によって解決されるべき「金銭と契約の問題」であり、警察権力が介入して手錠をかけるような「犯罪」ではないという暗黙の了解があったのです。しかし、この「ピアノシューズ事件」は、その常識がもはや通用しない新たなフェーズに突入したことを示唆しています。

私たち株式会社IPリッチは、知的財産を企業の収益源に変えるライセンス業務を専門としていますが、同時に、知財リスクが企業経営に与える破壊的なインパクトについても常に警告を発してきました。特許権侵害の刑事罰は、経営者や担当者の「知らなかった」「悪気はなかった」という弁明を許さない厳格な構造を持っています。特に近年の法改正により、法人に対する罰金刑の上限は3億円にまで引き上げられ、中小企業であれば即座に倒産、大企業であっても株主代表訴訟や社会的信用の失墜により経営基盤を揺るがす甚大なリスクとなっています。   

本レポートでは、特許権侵害の刑事罰(直接侵害・間接侵害・法人重科)について、法律の条文解釈から最新の判例、捜査の実務、そして企業が取るべき具体的な防衛策までを、これまでにない解像度で網羅的に解説します。単なる法律の解説にとどまらず、ライセンス担当者の視点から、現場で直面するリアリティのあるリスクシナリオと、そこから導き出される経営判断の指針を提示します。

第1部 特許権侵害罪の法的構造と刑事罰の全体像

特許権侵害に対するサンクション(制裁)には、民事上の措置(損害賠償、差止、信用回復措置、不当利得返還請求など)と、刑事上の措置(懲役、罰金、没収)の二つの側面があります。企業活動においては、金銭的な解決が主眼となる民事リスクが注目されがちですが、刑事リスクは個人の自由(身体拘束)と企業の存続(巨額罰金とレピュテーションリスク)を根本から破壊する力を持っています。ここではまず、特許法が定める犯罪の全体像を俯瞰します。

1.1 直接侵害の罪(特許法第196条):窃盗罪を超える重罰

特許法第196条は、特許権侵害の罪について、極めて重い刑罰を規定しています。

特許法第196条(侵害の罪) 特許権又は専用実施権を侵害した者(第百一条の規定により特許権又は専用実施権を侵害する行為とみなされる行為を行つた者を除く。)は、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。   

この条文が持つ意味を深く理解するために、刑法上の他の財産犯と比較してみましょう。

罪名法定刑特徴
特許権侵害罪10年以下の懲役 又は 1000万円以下の罰金(併科あり)知的財産という無体物の侵害に対し、極めて重い罰金刑が設定されている。
窃盗罪10年以下の懲役 又は 50万円以下の罰金物理的な物の窃取。罰金上限は50万円と低い。
詐欺罪10年以下の懲役罰金刑の選択肢がなく、懲役刑のみ。
器物損壊罪3年以下の懲役 又は 30万円以下の罰金物の効用を害する罪。特許侵害に比べて法定刑は軽い。

ここで注目すべきは二点あります。 第一に、懲役刑の上限が「10年」であることです。これは殺人罪(死刑、無期又は5年以上の懲役)には及ばないものの、窃盗罪や詐欺罪と同等の重大犯罪として位置づけられていることを意味します。特許権という「目に見えない財産」を侵害する行為が、他人の財布を盗む行為と同等、あるいは罰金の上限が高い分それ以上に厳しく処罰される構造になっていることは、知的財産立国を目指す日本の断固たる姿勢を反映しています。   

第二に、「併科(へいか)」の規定です。通常の刑法犯では、懲役刑か罰金刑の「どちらか一方」が科されることが一般的ですが、特許法第196条では「懲役刑と罰金刑の両方」を同時に科すことが可能です。これは、特許侵害が営利目的で行われる経済犯罪であることを考慮し、行為者の身体を拘束(懲役)して反省を促すとともに、犯罪によって得ようとした経済的利益を罰金によって剥奪し、さらに経済的な打撃を与えることで「割に合わない行為」であることを知らしめる狙いがあります。   

1.2 みなし侵害(間接侵害)の罪(特許法第196条の2):予備行為への介入

直接的に特許発明の完成品を製造・販売していなくても、その部品の製造や提供などの予備的行為や加担行為が処罰の対象となる場合があります。これを「間接侵害(みなし侵害)」と呼びます。

特許法第196条の2 第百一条の規定により特許権又は専用実施権を侵害する行為とみなされる行為を行つた者は、五年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。   

直接侵害に比べて刑罰の上限は半分(5年以下の懲役、500万円以下の罰金)に設定されていますが、それでも執行猶予がつかなければ刑務所に収監される可能性のある重罪です。この規定は、部品メーカーや素材メーカー、あるいは製造装置メーカーにとって、自社製品が最終的に特許侵害製品の一部として使われるリスクを常に突きつけています。サプライチェーンの中で「自分は最終製品を作っていないから関係ない」という言い訳は通用しません。

1.3 その他の関連犯罪とコンプライアンスの死角

特許法には、侵害罪以外にも、実務担当者が見落としがちな罰則規定が存在します。これらもまた、企業のコンプライアンス体制を評価する上で重要な指標となります。

1.3.1 詐欺の行為の罪(第197条)

詐欺的な行為(虚偽の資料提出など)によって特許や審決を受けた場合、3年以下の懲役又は300万円以下の罰金が科されます。例えば、先行技術を意図的に隠蔽して特許を取得しようとする悪質な行為などが該当し得ます。   

1.3.2 虚偽表示の罪(第198条)

特許を受けていない物に「特許取得済み」「特許出願中」といった表示を付したり、紛らわしい表示を行ったりした場合、3年以下の懲役又は300万円以下の罰金が科されます。 これは「特許マーキング」に関する規定です。私たちIPリッチのクライアントでもよく見受けられるのが、特許権が期間満了で消滅した後や、年金未納で権利が失効した後も、製品の金型やパッケージを修正せず「Patent No. XXXXX」と表示し続けているケースです。これが故意(あるいは未必の故意)による虚偽表示とみなされれば、刑事罰の対象となり得ます。製品リニューアル時だけでなく、知財ステータスの変更時にも表示の適正化を確認する必要があります。   

1.3.3 秘密保持命令違反の罪(第200条の2)

特許侵害訴訟において、裁判所から営業秘密に関する秘密保持命令が出されたにもかかわらず、それに違反して秘密を漏洩した場合、5年以下の懲役又は500万円以下の罰金が科されます。これは近年の知財訴訟における「インカメラ手続」などの秘密保護強化に伴い導入された規定で、訴訟当事者だけでなく、代理人や補佐人、法務担当者も対象となります。   

第2部 直接侵害の構成要件と「故意」の深層

「知らずに刑事罰」というタイトルを掲げましたが、法理論上、特許権侵害罪の成立には「故意」が必要と解されています。しかし、この「故意」の認定範囲や、「業として」という要件の解釈には、実務感覚と法的判断の間に大きな乖離が存在します。ここを誤解していると、気づかないうちに犯罪者となってしまうリスクがあります。

2.1 「業として」の実施:個人副業も対象内

特許法における発明の実施は、「業として」行われる場合にのみ権利侵害となります。逆に言えば、個人的・家庭的な実施は特許権の効力範囲外です。 しかし、「業として」の解釈は極めて広範です。   

  • 営利目的の有無を問わない: ボランティア団体が無償で特許製品を配布する場合でも、反復継続して行えば「業として」に該当します。
  • 反復継続性: 一回限りの行為であっても、反復継続する意思を持って行えば該当します。

2024年の「ピアノシューズ事件」で逮捕された男性は、フリマアプリを利用して販売していました。かつてであれば、個人の不用品処分とみなされ見逃されていたような行為も、インターネットを通じて不特定多数に販売できる現代においては、容易に「業として」の要件を満たしてしまいます。 男性は、正規品の定価(約2万7000円〜3万円程度)の約半額である1万3000円〜1万5000円で販売していました。この「価格設定」も捜査機関にとっては重要な証拠となります。単なる中古品の処分ではなく、安価に仕入れて利益を乗せて販売する「ビジネス(業)」としての実態があったと判断された可能性が高いでしょう。また、8足の販売で逮捕されましたが、背後には100足以上の取引があったと見られています。この規模感は完全に事業レベルです。   

2.2 「故意」の壁と「未必の故意」の恐怖

特許法には過失犯を処罰する規定はありません。したがって、刑事責任を問うためには、行為者が「特許権を侵害している事実」を認識している必要があります(刑法第38条1項)。 多くの企業担当者は「特許公報なんて見ていないから、侵害しているとは知らなかった。だから故意はない」と考えがちです。しかし、法律上の「故意」は、「確定的な故意」だけではありません。   

未必の故意(Wilful Blindness)

「もしかしたら他人の特許を侵害しているかもしれないが、それでも構わない」という心理状態を「未必の故意」と呼びます。以下のような状況は、捜査機関や裁判所によって「未必の故意があった」と認定されるリスクが極めて高いです。

  1. 警告書の無視: 権利者から内容証明郵便で警告書(Warning Letter)が届いたにもかかわらず、「どうせ訴えてこないだろう」「言いがかりだ」と高を括って、専門家への相談もせずに製造販売を継続した場合。警告書の受領時点で「侵害の可能性」を認識したことになり、その後の行為は故意犯となります。
  2. 業界の常識: 競合他社が強力な特許を持っていることが業界紙や展示会で周知の事実となっている場合。「業界人なら当然知っているはずの特許を知らなかったとは言わせない」という論理が働く可能性があります。
  3. デッドコピー(完全模倣): ピアノシューズ事件のように、他社製品を購入し、それを分解・分析して瓜二つの製品を作った場合、「特許があるかもしれない」と考えずに模倣することは不自然です。特に、模倣品が正規品の市場を奪う意図が明白な場合、故意の認定は容易になります。

2.3 技術的範囲の属否(クレーム解釈)の厳格性

刑事事件において検察官が起訴を躊躇する最大の要因は、「特許発明の技術的範囲(クレームの範囲)」の認定です。民事訴訟であれば、均等論(特許の構成要件と一部異なっていても実質的に同一とみなす理論)の適用などが柔軟に議論されますが、刑事裁判では「疑わしきは罰せず」および「罪刑法定主義」の原則が厳格に適用されます。

したがって、刑事事件化しやすいのは以下のようなケースです。

  • 文言侵害(Literal Infringement): 相手の製品が、特許請求の範囲に記載された構成要件を文字通り全て満たしている場合。
  • デッドコピー: 前述の通り、形状や構造がほぼ同一である場合。

逆に、高度な技術論争が必要な事案や、特許の無効理由が存在する可能性が高い事案では、警察は「まずは民事で決着をつけてください」として刑事介入を避ける傾向にあります。しかし、これはあくまで傾向であり、悪質性が高いと判断されれば、警察は専門家の鑑定を仰ぎながら立件を目指します。   

第3部 間接侵害の脅威:サプライチェーンに潜む不可視の罠

直接侵害よりも判断が難しく、かつ広範囲の企業に関係するのが「間接侵害」です。特許法第101条は、侵害を予備的に助長する行為を規制していますが、これは部品メーカーや素材メーカーにとって深刻な法的地雷原となります。

3.1 「のみ品」型間接侵害(専用品):逃げ道のない客観的基準

特許法第101条第1号・第4号は、特許発明の実施に「のみ」使用する物の生産、譲渡等を間接侵害としています。   

事例シナリオ: ある特殊な形状の「変形ギア」が、特許登録された「高性能プリンター」の内部機構にしか使われない(他の用途が物理的・経済的に存在しない)場合、そのギアを製造・販売する行為は、プリンターを完成させていなくても特許権侵害とみなされます。

この類型は「客観的要件」のみで判断されるため、侵害者の主観(知っていたかどうか)を問いません。「のみ」という条件は非常に厳しいですが、過去の判例(食品の成形方法事件など)では、「経済的、商業的または実用的な他の用途がない場合」に「のみ」に該当すると判断されています。 単に「文鎮としても使える」「子供のおもちゃにもなる」といった理論上の用途があるだけでは回避できません。現実にその部品が市場で他の用途に使われている実績がなければ、「のみ品」と認定される可能性が高いのです。   

  • 肯定例(侵害認定): 海苔異物分離除去装置事件、製パン器事件。これらは、専用の消耗品や部品が、その装置以外には実質的に使用できないと判断されました。   
  • 否定例: コンタクトレンズ洗浄用錠剤事件。他の用途(他の洗浄器への転用など)が認められた事例です。   

3.2 「不可欠品」型間接侵害(多機能品):平成14年改正の衝撃

より広範なリスクをもたらすのが、平成14年(2002年)改正で導入された第101条第2号・第5号の規定です。これは、「のみ品」でなくとも、以下の要件を満たせば侵害とみなすものです。   

  1. 不可欠性: その部品が発明の課題解決に「不可欠」であること。
  2. 知情性(主観的要件): その発明が特許であることを知っていること、かつ、その部品がその発明の実施に使われることを知っていること。

この「不可欠性」とは、その部品がなければ発明の特徴的な機能が発揮できない、あるいは従来技術との差異を生み出す核心部分であることを指します。例えば、特殊なインクを用いたボールペンの特許における「替え芯(インク)」などが該当します。   

部品メーカーを襲う「知りながら」のリスク

ここで最大の問題となるのが「知りながら」という要件です。これは刑事罰における「故意」と直結します。 もし、部品メーカーの営業担当者が、納入先から「今度出す新製品は画期的な特許技術を使っていて、御社のこの素材がどうしても必要なんだ」と聞かされていたらどうなるでしょうか? あるいは、契約交渉の過程で特許番号が記載された仕様書を受け取っていたら?

その時点で「知情性」の要件が満たされます。その後、その素材を供給し続ける行為は、間接侵害罪の構成要件を完全に満たすことになります。部品メーカーは、納入先の製品が特許侵害で訴えられた場合、共犯として、あるいは間接侵害の正犯として刑事責任を問われるリスクに晒されるのです。   

3.3 汎用品の例外とグレーゾーン

一方で、ボルトやナット、ありふれたICチップのような「日本国内において広く一般に流通しているもの(汎用品)」は、間接侵害の対象から除外されます。これは市場の取引の安全を守るための規定です。 しかし、「汎用品」と「専用品・不可欠品」の境界線は曖昧です。 「特殊なメッキ加工を施したボルト」は汎用品でしょうか? 「特定の温度帯でのみ動作保証されたセンサー」は? これらが特許発明の核心部分に関わる場合、汎用品の抗弁が認められない可能性があります。IPリッチのクライアントには、「自社製品はカタログ品だから大丈夫」と過信せず、納入先での使われ方を把握するようアドバイスしています。   

第4部 法人重科:3億円の罰金刑と両罰規定の衝撃

特許法違反における最大のリスクファクターの一つが、「法人重科(ほうじんじゅうか)」です。これは、従業員が業務に関して特許権侵害を行った場合、行為者本人を罰するだけでなく、その雇い主である法人に対しても巨額の罰金を科す制度(両罰規定)です。

4.1 罰金上限の引き上げ:1.5億円から3億円へ

かつて、法人の罰金上限は1億5千万円でしたが、平成18年(2006年)の改正により、3億円以下へと倍増されました。   

特許法第201条(両罰規定) 法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関し、次の各号に掲げる規定の違反行為をしたときは、行為者を罰するほか、その法人に対して当該各号で定める罰金刑を、その人に対して各本条の罰金刑を科する。 一 第百九十六条、第百九十六条の二… 三億円以下の罰金刑

この改正の背景には、企業の経済活動の規模拡大に伴い、特許侵害による不当利益が巨額化していること、そして企業にとって1億円程度の罰金では「侵害して利益を得た方が得だ」という判断になりかねず、十分な抑止力にならないという政策判断がありました。 3億円という金額は、中小企業にとっては致命傷となり得る額であり、大企業にとっても、決算へのインパクトはもちろん、株主から取締役に対する善管注意義務違反を問う代表訴訟の引き金となり得る重大な損失です。   

4.2 「業務に関し」の広範な解釈:トカゲの尻尾切りは不可能

両罰規定における「業務に関し」という要件は、極めて広く解釈されます。 従業員が会社の利益のために行った行為はもちろん、会社が明確に指示していなくても、業務遂行の過程で行われた侵害行為であれば、法人の監督責任が問われます。 「あの社員が勝手にやったことだ」「会社としては侵害するなと言っていた」という言い訳は、刑事裁判では容易には認められません。会社として実効性のあるコンプライアンス体制(定期的な知財教育、クリアランス調査の義務化、内部通報制度など)を構築し、運用していたことを立証できなければ、従業員の暴走を防げなかった過失があるとして、法人も処罰されることになります。

実際、過去の商標権侵害事件では、法人代表者が関知していなかったとしても、従業員の管理監督責任を問われ、法人に罰金刑が科された事例が多数存在します。   

4.3 他法との比較:3億円は高いのか?

3億円という罰金は、他の経済法規と比較しても高額です。 しかし、不正競争防止法における営業秘密侵害罪(法人重科)は、さらに高額な10億円以下の罰金が設定されています(海外使用目的の場合はさらに重い)。これに比べれば特許法は軽いように見えますが、特許侵害は製品の販売数量に比例して被害額が青天井に膨らむ性質があるため、3億円でも決して十分とは言えないという議論も存在します。 日本の刑事罰は、欧米の懲罰的損害賠償(Punitive Damages:実損害の3倍などを賠償させる制度)が存在しない代わりに、国家による刑罰で抑止力を担保しようとする側面があります。   

第5部 親告罪から非親告罪へ:告訴なしでも逮捕される現実

特許権侵害罪の運用を劇的に変えた転換点が、平成10年(1998年)の法改正による「非親告罪化」です。この変更の意味を正しく理解していない経営者が未だに多いのが実情です。   

5.1 親告罪と非親告罪の決定的違い

区分定義特許法の現状(平成10年以降)
親告罪被害者(権利者)の告訴がなければ、検察官は公訴を提起(起訴)できない。かつては親告罪だった。
非親告罪被害者の告訴がなくても、検察官の判断で起訴できる。現在は非親告罪

改正前は、権利者が「まあ、今回は許してやろう」と思えば、警察がどれだけ証拠を持っていても手出しはできませんでした。しかし現在は、理論上、特許権者が「処罰を望まない」と考えていても、あるいは特許権者が侵害の事実に気づいていなくても、警察や検察が独自に捜査を開始し、逮捕・起訴することが可能です。

5.2 なぜ非親告罪化されたのか?:公益的側面の重視

背景には、世界的な知財保護強化の流れ(TRIPS協定など)に加え、特許侵害が単なる私益の侵害にとどまらず、国の産業競争力を削ぎ、公正な競争秩序を破壊する「公益に対する犯罪」であるという認識の広まりがあります。 また、組織犯罪集団などが関与している場合、被害企業が報復を恐れて告訴を躊躇するケースもあり得ます。そのような場合でも、捜査機関が独自の判断で介入し、市場の健全性を守る必要があったのです。   

5.3 実務上の運用と「ピアノシューズ事件」の示唆

ただし、法律上は非親告罪であっても、実務の運用上は依然として権利者の意思が尊重される傾向にあります。特許権は私権であり、当事者間でライセンス契約(金銭的解決)を結んで解決することが経済合理的である場合も多いため、警察がいきなり介入することでビジネスの可能性を潰してしまう恐れがあるからです。 警察庁や検察庁も、特許権の有効性や技術的範囲の属否といった高度な専門的判断を要する事案については、特許庁の判定や民事訴訟の動向を見極めようとする慎重な姿勢を見せます。   

しかし、「ピアノシューズ事件」は、以下の要素が揃えば警察は躊躇なく動くことを示しました。

  1. 明確な被害相談: 非親告罪とはいえ、実際には被害者(特許権者)からの相談や被害届が捜査の端緒となります。   
  2. 悪質性: 警告を無視する、模倣の程度が酷い、組織的に行っている、などの事情がある場合。
  3. 証拠の明白性: デッドコピーであり、技術的な争点が少ない場合。

「非親告罪だからといって、警察は勝手に動かないだろう」という油断は禁物です。特に、被害届が出されれば、正式な告訴状が受理される前であっても、警察は捜査権限を行使できます。

第6部 捜査の実態:ある日突然、会社が止まる時

特許権侵害が刑事事件化する場合、どのようなプロセスを辿るのでしょうか。ドラマや映画の世界の話ではなく、現実に起こり得る手続きを時系列でシミュレーションします。

6.1 捜査の端緒:内偵捜査

多くの場合、特許権者からの「告訴状」や「被害届」の提出がスタートラインです。警察は、持ち込まれた証拠(鑑定書、侵害品の現物、警告書の経緯など)を検討します。 この段階で、警察は被疑者(侵害企業)に知られないように「内偵捜査」を行います。侵害製品を購入して分析したり、企業の銀行口座の動きを調べたり、関係者から事情を聴取したりします。被疑企業が「何も起きていない」と思って通常営業している裏で、着々と外堀は埋められています。

6.2 Xデー:家宅捜索(ガサ入れ)の衝撃

証拠が固まり、裁判所から捜索差押許可状(令状)が発付されると、いよいよ強制捜査です。 ある平日の朝、始業と同時に多数の捜査員が本社、工場、倉庫、そして社長や担当役員の自宅に一斉に踏み込みます。   

  • 完全なサプライズ: 証拠隠滅を防ぐため、事前の連絡は一切ありません。
  • 業務の停止: 「動くな」「パソコンに触るな」と指示され、業務は完全にストップします。
  • 徹底的な押収: 会計帳簿、売上伝票、設計図面、会議議事録、パソコン、サーバーのデータ、在庫製品、金型などが次々と段ボールに詰められ、押収されます。これにより、企業は物理的に営業活動を継続することが不可能になります。
  • レピュテーションの崩壊: パトカーが会社の前に並び、段ボールを持った捜査員が出入りする様子は、近隣住民や取引先に目撃されます。SNSで拡散されれば、その日のうちに「〇〇社に警察が入った」という情報が業界中を駆け巡ります。銀行は融資を引き上げ、取引先は契約解除を通告してくるでしょう。

6.3 逮捕・勾留と取調べ

逃亡や証拠隠滅の恐れがある場合、その場で、あるいは任意同行後に逮捕されます。逮捕されると、最大で23日間(逮捕3日+勾留20日)、警察署の留置場に拘束され、外部との連絡を絶たれた状態で連日の取調べを受けることになります。 企業犯罪の場合、関係者の身元がしっかりしており逃亡の恐れが低いとして、逮捕せずに在宅のまま捜査を進める(書類送検)ケースも多くあります。しかし、在宅事件であっても、呼び出しがあれば警察署に出頭し、厳しい取調べを受けなければなりません。   

6.4 起訴と刑事裁判

検察官が起訴(公訴提起)すれば、刑事裁判が開かれます。日本の刑事裁判の有罪率は99.9%と言われており、起訴された時点で有罪判決を受ける確率は極めて高いのが現実です。 有罪となれば、前述の「10年以下の懲役」「3億円以下の罰金」の範囲内で量刑が言い渡されます。初犯であれば執行猶予がつくことが多いですが、「前科」がつく事実は変わりません。執行猶予期間中は、役員の欠格事由に該当する場合があり(会社法)、経営トップが退陣を余儀なくされることもあります。

第7部 IPリッチ流・最強のリスク管理実務:クリアランス調査と鑑定書

ここまで見てきた恐ろしいシナリオを回避するために、企業は具体的に何をすべきでしょうか。私たちIPリッチが、数多くのクライアントに導入し、実際にリスクを未然に防いできた「鉄壁の防衛スキーム」を公開します。

7.1 クリアランス調査(FTO調査)の徹底

新製品を開発・販売する前に、他社の特許権を侵害していないかを確認する調査を「クリアランス調査」、あるいは「FTO(Freedom to Operate:実施自由)調査」と呼びます。これは企業の「健康診断」であり、必須のプロセスです。 調査を行わずに製品を発売することは、目隠しをして高速道路を横断するようなものであり、経営者の善管注意義務違反に問われる可能性があります。   

調査のステップと費用の目安

  1. 製品仕様の特定: 調査対象となる製品の構成部材、機能、製造方法を詳細にリストアップします。
  2. スクリーニング調査(母集団作成): 特許データベースを用いて、関連する技術分野の特許を数千件単位で抽出します。
    • 費用目安: 5万円~30万円程度(調査件数による)。IPリッチの提携調査会社では、予備検索として10万円前後で提供するケースもあります。   
  3. 精査・特定調査: 抽出された特許の中から、リスクの高い特許を絞り込み、その請求項(クレーム)と自社製品を対比します。
    • 費用目安: 20万円~50万円以上(詳細な検討が必要な場合、件数により変動)。   

調査会社や特許事務所に依頼する場合、トータルで数十万円のコストがかかります。しかし、3億円の罰金や、数十億円規模の損害賠償、そして事業停止のリスクと比較すれば、極めて安価な保険と言えます。

7.2 鑑定書(Opinion Letter)の取得:「故意」を否定する最強の盾

調査の結果、自社製品と類似する「グレーな特許」が見つかった場合どうすべきでしょうか? ここで登場するのが、弁理士や弁護士による「鑑定書」です。 鑑定書には、専門家の見解として「貴社製品は当該特許の技術的範囲には属しない(非侵害)」、あるいは「当該特許は無効理由を含んでおり、無効にできる(無効)」という論理的な判断が記載されます。

鑑定書の刑事手続きにおける効果

鑑定書を持っていることは、万が一警察の捜査が入った際や裁判になった際に、「故意がなかった」ことを証明する強力な証拠となります。 「私は専門家である弁理士に相談し、問題ないというお墨付き(鑑定書)をもらったので、それを信頼して製造しました」 という主張ができれば、たとえ結果的に侵害であったとしても、「侵害の認識(故意)」を否定できる可能性が飛躍的に高まります。これを「相当の理由のある信頼」と言います。   

  • 費用目安: 1件あたり15万円~50万円、難易度によっては100万円以上。 決して安くはありませんが、刑事罰回避の「切り札」として、予算を確保すべき項目です。   

7.3 契約によるリスクヘッジ(Indemnification)

部品や素材を仕入れる際は、サプライヤーとの取引基本契約書に「特許保証条項(Indemnification Clause)」を入れることが不可欠です。 「納入品が第三者の特許を侵害していた場合、サプライヤーが全ての責任(損害賠償、防御費用、弁護士費用)を負い、発注者に迷惑をかけない」という条項です。

ただし、注意が必要なのは、刑事責任は転嫁できないという点です。契約で「刑事罰もサプライヤーが負担する」と書いても無効です。刑事罰はあくまで行為者(あなた)に科されます。しかし、民事上の損害賠償を求償できるようにしておくことは、企業の財務的ダメージを最小限に抑えるために重要です。

7.4 ドキュメンテーション(証拠化)の重要性

「知らなかった」と口で言うだけでは警察は信じてくれません。客観的な証拠が必要です。

  • 開発段階での特許調査報告書
  • 「侵害リスクなし」と判断した社内会議の議事録
  • 弁理士との相談メールの履歴 これらを体系的に保存しておくことが重要です。特に、警告書を受け取った後に、「無視」したのではなく、「検討した結果、非侵害と判断した」というプロセスを残すことが、故意認定を避ける分水嶺となります。

第8部 知的財産戦略としての「攻め」と「守り」

刑事罰のリスクを正しく理解することは、単に恐怖心を持つことではありません。ルールを熟知することは、ビジネスの自由度を高め、競合に対する優位性を築くことにつながります。

8.1 競合他社のモニタリングと刑事告訴のカード

自社が侵害しないように守る一方で、競合他社が自社の特許を侵害していないかを監視(ウォッチング)することも重要です。 もし明らかな模倣品(デッドコピー)を発見した場合、どうすべきでしょうか? IPリッチの推奨する戦略は、以下のステップです。   

  1. 証拠保全: 侵害品を購入し、分解・分析して鑑定書を作成する。
  2. 警告書の送付: まずは民事的な警告を行い、ライセンス契約(実施料の支払い)や販売停止を求める。
  3. 刑事告訴の検討: 相手が悪質で話し合いに応じない場合、あるいは資産を隠して逃げようとする場合、「刑事告訴」というカードを交渉のテーブルに乗せます。

「警察に相談することも検討している」という一言は、相手方経営者にとって強烈なプレッシャーとなります。ただし、実際に告訴するかどうかは慎重な判断が必要です。告訴すれば警察が主導権を握るため、自社のコントロールが効かなくなる可能性があるからです。刑事告訴は「伝家の宝刀」として、抜かずに見せることで最大の効果を発揮する場合も多いのです。

8.2 グローバル化するリスク:輸入と関税法

近年は、海外(中国や東南アジアなど)から部品を輸入して日本で組み立てるケースが増えています。ここで注意すべきは、「輸入」も特許法上の「実施」に含まれるという点です。 海外のサプライヤーが「自国では特許侵害ではない」と言ったとしても、日本に特許があれば、日本に輸入した時点で日本の特許法違反となります。   

また、関税法に基づき、税関で侵害品の輸入が差し止められる(輸入差止申立制度)リスクもあります。さらに、税関での摘発をきっかけに警察が捜査に乗り出すケースもあります。輸入業者は「メーカーじゃないから分からない」は通用しません。輸入者自身が国内での調査義務を負うのです。

結論:コンプライアンスを超えた経営戦略としての特許対応

本レポートでは、特許権侵害に潜む刑事リスクについて、3万字に近い分量で詳細に解説してきました。 「10年以下の懲役」「3億円以下の罰金」という数字は、決して脅しではありません。そして、「ピアノシューズ事件」が示したように、日本の捜査機関は、明確な侵害事案に対しては逮捕という強制力を行使する準備があります。

私たちIPリッチが最後に強調したいのは、以下の3点です。

  1. 「知らなかった」は通用しないが、調査の記録は身を助ける。 クリアランス調査を行い、専門家の鑑定書を得ておくことは、刑事罰を回避するための最強の防具です。コストを惜しんでリスクを取るのは、経営判断として誤りです。
  2. サプライチェーン全体のリスクを見る。 自社製品だけでなく、仕入れ部品が間接侵害に該当しないか、あるいは自社が部品供給者として加担していないかを点検する必要があります。「のみ品」「不可欠品」の罠にはまらないよう、用途確認を徹底してください。
  3. 知財リスクを経営課題として捉える。 担当者レベルの不注意や知識不足が、法人全体の巨額罰金や社会的信用の崩壊につながります。経営層が率先して知財コンプライアンスの重要性を発信し、予算と人員を配分する必要があります。

特許は、技術者の情熱と企業の投資の結晶です。それを守るための法律が厳格であるのは当然のことです。しかし、その厳格さは、正しく恐れ、正しく備える企業にとっては、自社の技術と市場を不当な模倣から守る強力な味方となります。 無用な刑事リスクを排除し、安心してビジネスを展開するために、今一度、貴社の知財管理体制を見直してみてはいかがでしょうか。私たち株式会社IPリッチは、そのための知恵と戦略を提供し、貴社のビジネスを守り抜くパートナーであり続けます。

(この記事はAIを用いて作成しています。)


参考文献(Citation) 本レポートの執筆にあたり、以下の信頼できる情報源を参照しました。cacgr.co.jp特許侵害で逮捕! | コラム|企業の総合病院®CACグループ新しいウィンドウで開くkurahashi-pat-tr.com【知財ニュース】ピアノシューズの特許権侵害で逮捕者がでた件【無許可販売】新しいウィンドウで開くmiyoshipat.co.jp特許権侵害と刑事罰 – 三好内外国特許事務所新しいウィンドウで開くjpo.go.jp第三章 産業財産権侵害の罰則の見直し新しいウィンドウで開くmanegy.com知らなかったでは済まされない!特許権を侵害しない為に – Manegy新しいウィンドウで開くkjpaa.jp特許権を侵害した場合、どのような刑事罰が下されるのですか。 | 日本弁理士会 関西会新しいウィンドウで開くt-nakamura-law.com知的財産とは – 知的財産の刑事事件を弁護士が解説 – 中村国際刑事法律事務所新しいウィンドウで開くjpo.go.jp知的財産権と刑事罰 – 特許庁新しいウィンドウで開くaklaw.jp特許権の侵害となる3つの要件とその対応について弁護士が解説!新しいウィンドウで開くipdash.tokyo知的財産とは(特許編)第11回/直接侵害・間接侵害新しいウィンドウで開くknpt.com知的財産権法の罰則 ~侵害者にどのような刑が科されるのか~ – 河野特許事務所新しいウィンドウで開くinpit.go.jp産業財産権の保護と罰則規定の役割新しいウィンドウで開くjpo.go.jp三極特許法における間接侵害規定新しいウィンドウで開くtoreru.jp特許法の鬼門?「間接侵害」をマンガでわかりやすく解説! | Toreru Media新しいウィンドウで開くyoutube.com【特許】間接侵害(のみ品、不可欠品の全論点) – YouTube新しいウィンドウで開くishioroshi.com5.1.5 間接侵害~特許侵害の諸問題 – 弁護士法人クラフトマン新しいウィンドウで開くjpo.go.jp第2章 間接侵害規定の拡充新しいウィンドウで開くjpo.go.jp多様化する権利侵害を抑制する 知財保護システムに関する調査研究 調査研究報告書 – 特許庁新しいウィンドウで開くjpaa-patent.info営業秘密侵害罪と親告罪・非親告罪新しいウィンドウで開くmext.go.jp著作権法における親告罪の在り方について – 文部科学省新しいウィンドウで開くkeiji.vbest.jp家宅捜索が行われる! 実際の流れや対象となりやすい犯罪は? – 刑事事件に強い弁護士新しいウィンドウで開くip-bengoshi.com特許権侵害行為を行った会社の代表取締役および取締役に対する会社法429条1項に基づく損害賠償請求が認容された事例 – 知財弁護士.COM | 内田・鮫島法律事務所新しいウィンドウで開くinnovative-journey.com特許クリアランス調査とは?|特許侵害を予防する基本の調査 – 知財パーソン1年目の教科書新しいウィンドウで開くblog.suepat.com開発・生産段階における特許調査 <侵害予防調査> – ちざいのすすめ新しいウィンドウで開くcrowdworks.jp【2025年】特許調査にかかる費用相場は?種類・依頼先などを徹底解説 – クラウドワークス新しいウィンドウで開くclassseed.co.jp納品までの流れ, 費用 – 株式会社クラスシード新しいウィンドウで開くondatechno.com特許調査のご依頼から納品までの流れ | 弁理士法人オンダ国際特許事務所新しいウィンドウで開くondatechno.com侵害特許調査|知財戦略のパートナー | 弁理士法人オンダ国際特許事務所 – ONDA TECHNO Intl. Patent Attys.新しいウィンドウで開くip-bengoshi.com特許権侵害訴訟の提起が不法行為と判断された事例新しいウィンドウで開くtokyo-ip.jp弁理士料金 – 新宿御苑前知的財産相談室オフィシャルサイト新しいウィンドウで開くpatent-revenue.iprich.jp日本における特許訴訟の実情:費用と期間に関する包括的分析 – PatentRevenue新しいウィンドウで開くishioroshi.com弁護士費用 | 弁護士法人クラフトマン IT・技術・特許・商標に強い法律事務所(東京丸の内・横浜)新しいウィンドウで開くcohausz-florack.de特許および商標のモニタリング – COHAUSZ & FLORACK新しいウィンドウで開くnote.com侵害予防調査の考え方|角渕由英(つのぶちよしひで) – note新しいウィンドウで開くgmosign.com特許権の侵害とは?侵害に該当する行為や判定基準を解説!侵害さ

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