特許実務家必見:進歩性判断の最新動向と戦略的対応〜審査基準の変遷からAI関連発明、重要判例まで徹底解説〜

はじめに:技術進化に伴う進歩性判断の現代的課題
株式会社IPリッチのライセンス担当です。日々の特許実務、誠にご苦労様です。
特許制度の根幹をなす「進歩性」要件(特許法第29条第2項)は、技術の進歩に寄与する発明に独占権を付与するための重要なハードルです。しかし、その判断基準は固定的なものではなく、技術水準の向上、特に人工知能(AI)分野の急速な発展に伴い、常に流動的かつ複雑化しています。最新の審査基準の改訂や重要判例の蓄積により、従来のアプローチでは進歩性の確保が困難になるケースも増えています。
本稿は、弁理士や企業の知的財産部門担当者といった特許実務のプロフェッショナルを対象に、進歩性判断に関する最新の動向と実務的な対応策を深掘りします。具体的には、審査基準の基本ロジックの再確認、近年の重要な改訂(特に「有利な効果」の取り扱い)、知財高裁の重要判例の分析、そして特に注目度の高いAI関連発明における進歩性判断の特殊性に焦点を当てます。
結論として、現代において強固な特許権を確保するためには、先行技術との形式的な差異を主張するだけでは不十分です。出願当時の技術水準に基づいた客観的な課題設定、予測困難な顕著な効果の具体的な立証、そして最新の審査・司法の動向に対する的確な理解に基づく戦略的なストーリー構築が、これまで以上に重要になっていることを詳述します。
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進歩性判断の基本ロジックと「後知恵」の排除
進歩性の攻防を制するためには、まず特許・実用新案審査基準(以下、「審査基準」)に基づく判断の基本構造を深く理解する必要があります。
審査基準における判断フレームワーク
審査基準によれば、進歩性の判断は、先行技術に基づいて、当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が請求項に係る発明を容易に想到できたことの「論理付け」ができるか否かを検討することにより行われます[1]。
具体的なステップは、①発明及び引用発明の認定、②対比と相違点の認定、そして③主引用発明から出発して当業者が相違点に係る構成に容易に到達できるかの論理付けの検討、という流れで進みます。
この「論理付け」の成否が核心です。審査官は通常、主引用発明に副引用発明や周知・慣用技術を組み合わせることで、発明の構成に至る「動機付け」が存在することを示そうとします。主な動機付けの根拠は、技術分野の関連性、課題の共通性、作用・機能の共通性、引用発明中の示唆などです。
これに対し出願人側は、これらの動機付けが存在しないこと、あるいは組み合わせを阻害する要因(阻害要因)が存在することを主張し、論理付けが成立しないことを反論します。
実務における「後知恵」との戦い
進歩性判断において最も警戒すべきは「後知恵(Hindsight Bias)」です。これは、発明の内容を知った上で、あたかも当業者が出願当時にその発明に容易に到達できたかのように考えてしまう心理的バイアスです。審査基準にも後知恵の排除は明記されていますが[1]、実務上、このバイアスをいかに回避し、客観的な判断を引き出すかが重要となります。
プロフェッショナルとしての対策は、常に「出願当時の当業者の視点」に立ち返り、客観的な事実に基づいてストーリーを構築することです。
- 客観的な課題設定の重要性: 発明が解決しようとする課題を、出願当時の技術水準に基づいて客観的に認定することが重要です。先行技術が認識していなかった新たな課題を発見し、それを解決するものであれば、進歩性は肯定されやすくなります。
- 阻害要因の積極的な主張: 阻害要因は、進歩性を肯定する方向に働く強力な要素であり、当業者が引用発明の組み合わせを思いとどまらせる事情を指します。例えば、副引用発明を適用することで主引用発明の重要な機能が失われる場合や、技術思想が根本的に異なる場合です。ある判決では、主引用発明の目的が、副引用発明の構成を採用することで達成できなくなることが阻害要因として認定され、進歩性が肯定された事例があります[2]。審査官のロジックに対し、単に「動機付けがない」と反論するだけでなく、積極的に阻害要因を探し出す努力が必要です。
- 技術常識の立証: 審査官が提示した組み合わせが、出願当時の技術常識に反するものであったことを、客観的な証拠(専門書、学術論文など)に基づいて立証することが極めて有効です。
審査基準の変遷と「有利な効果」の厳格化
特許庁は、裁判所の判決や技術の進展を踏まえ、定期的に審査基準を改訂しています。特に近年、進歩性判断の実務に大きな影響を与えたのが、「有利な効果」の取り扱いに関する変化です。
「有利な効果」の意義と限界
「有利な効果」とは、請求項に係る発明が引用発明と比較して有する有利な技術的効果を指します。発明の構成が容易想到であると一応推認される場合でも、この有利な効果が顕著であれば、その推認を覆して進歩性が肯定されることがあります。しかし、その認定基準は厳格化される傾向にあります。
最高裁判決(ドキセピン誘導体事件)と令和2年改訂
この厳格化の流れを決定づけたのが、最高裁判所令和元年8月27日判決(平成30年(行ヒ)69号、「ドキセピン誘導体事件」)です[3]。この判決は、有利な効果の参酌に関して重要な指針を示しました。
- 効果の予測可能性(明細書への記載): 有利な効果を参酌するためには、その効果が明細書の記載又は出願時の技術常識から当業者が予測できるものである必要がある。
- 比較対象の明確化: 比較すべきは引用発明の効果である。引用発明が当該効果を有するか否かが不明な場合、出願人が主張・立証した効果の程度をそのまま受け入れることはできず、出願時の技術水準に基づいて引用発明の効果を推認して比較する必要がある。
- 効果の顕著性: 参酌される有利な効果は、出願時の技術水準から当業者が予測できた範囲を超える「顕著な」ものである必要がある。
この最高裁判決を受け、令和2年12月に審査基準が改訂され、これらの指針が明確に反映されました[4]。
実務上のインパクトと対策
この改訂により、実務においては、有利な効果の主張がより精緻に行われる必要が生じました。単に「優れた効果を有する」と主張するだけでは不十分であり、出願当初からの戦略的な準備が不可欠です。
- 明細書における具体的・定量的記載: 発明の効果は、明細書に具体的に、可能な限り定量的なデータで示す必要があります。
- 比較実験データの必須性: 有利な効果を立証するためには、引用発明(あるいはそれに最も近い従来技術)との比較実験データが不可欠です。明細書作成段階で、想定される引用発明を意識した比較実験を実施し、その結果(実施例と比較例)を記載しておくことが強く推奨されます。
- 技術水準との対比(予測を超えた効果): 主張する効果が、出願当時の技術水準に照らしてどの程度「予測を超えた」ものであるかを説明する必要があります。単なる数値の違いだけでなく、その違いがもたらす技術的な意義を明確にすることが求められます。
有利な効果は依然として強力な武器ですが、その立証責任は出願人にあり、そのハードルは高くなっていることを認識すべきです。
重要判例分析:数値限定発明と容易想到性の攻防
知財高裁の判決は、審査基準の具体的な適用について重要な示唆を与えます。ここでは、実務上頻繁に問題となる「数値限定発明」と「容易想到性の攻防」に焦点を当て、近年の傾向を分析します。
数値限定発明における進歩性判断の深化
発明の特徴を数値範囲で特定する「数値限定発明」は、化学、材料分野などで多く見られます。審査基準では、相違点が数値限定のみにある場合、当業者が最適条件を実験的に見出すことは通常の創作能力の発揮に過ぎないとして、原則として進歩性は否定されます[1]。
例外的に進歩性が認められるのは、特定の数値範囲内でのみ作用効果が急激に変化する「臨界的意義」が認められる場合や、「予測できない顕著な効果」が認められる場合です。
近年の判例では、これらの要件の厳格な判断に加え、数値限定を採用した「動機付け」の有無も重視される傾向にあります。例えば、ある知財高裁判決では、数値限定を含む構成について、先行技術には当該数値範囲を選択する「契機又は動機付け」となる記載や示唆が存在しないとして、進歩性を認めた事例があります[5]。これは、単に数値範囲が近接しているかだけでなく、なぜその範囲を選択したのかという技術的な背景事情が考慮されたことを示しています。
実務としては、数値限定を採用する際には、なぜその範囲でなければならないのか、その根拠となる技術思想を明細書に詳細に記載し、可能であれば臨界的意義や顕著な効果を示すデータを準備することが肝要です。
容易想到性の攻防(動機付けと阻害要因)
複数の引用発明を組み合わせて進歩性を否定するロジックに対しては、組み合わせの動機付けの欠如、あるいは阻害要因の存在を主張して反論します。
動機付けの有無は、形式的な技術分野の一致だけでなく、実質的な技術内容や課題解決のアプローチが考慮されます。重要なのは、当業者が出願当時に主引用発明に接した際、副引用発明を適用しようと考える「必然性」があったかどうかです。例えば、解決しようとする課題が全く異なる場合(例:一方では耐久性向上が目的で、他方では軽量化が目的である場合)、技術分野が関連していても、組み合わせの動機付けが否定されることがあります。
前述の通り、阻害要因の主張は極めて有効です。引用発明の技術思想や目的を深く理解し、組み合わせた場合に生じる技術的な不都合や矛盾点を具体的に指摘することが求められます。
【最重要トピック】AI関連発明の進歩性確保戦略
現在、特許実務において最も急速に変化し、注目されているのがAI関連発明です。特許庁もこの動向に対応するため、審査体制を強化し、AI関連技術に関する審査事例を継続的に拡充しています[6]。直近では、令和6年3月にも生成AIの利活用拡大を踏まえた新たな事例が追加されました。
進歩性が否定される典型例:「当業者の通常の創作能力の発揮」
AI関連発明の進歩性判断も基本的には他の分野と同様ですが、AI技術(特に深層学習など)が汎用的なツールとして普及した現在、以下のようなケースは「当業者の通常の創作能力の発揮」として進歩性が否定されやすい傾向にあります。
- 単なるAIの適用(自動化・代替): 人間が行っていた判断や作業を、公知のAI技術を用いて単に自動化・システム化しただけの発明。
- 設計変更・最適化: 公知のAIモデルのパラメータ調整やネットワーク構造の微調整(最適化)。
- 自明な課題へのAI適用: 特定の技術分野における自明な課題に対し、一般的なAI手法を適用すること。
これらのケースでは、AIを適用すること自体に技術的な困難性がなく、得られる効果も予測の範囲内であると判断されがちです。
進歩性を確保するための戦略的アプローチ
AI関連発明で進歩性を確保するためには、AIをどのように工夫して用いたか、それによってどのような顕著な効果が得られたかを具体的に主張する必要があります。鍵となるのは以下の点です。
1. 教師データ・入力データの特徴(データの工夫)
AIの性能は学習データや入力データに大きく依存するため、データに関する工夫は進歩性を肯定する重要な要素となり得ます。
- データの選択: 従来技術では考慮されていなかった新たなデータ種別を入力データとして選択したことにより、予測精度が顕著に向上した場合。例えば、審査ハンドブックの事例では、水力発電量推定において、単にニューラルネットワークを利用するだけでなく、上流域の気温を入力データに加えるという工夫により、顕著な効果を得たとして進歩性が認められています(事例2-1)[7]。
- データの前処理・生成方法の工夫: 入力データに対して独自の工夫を凝らした前処理(ノイズ除去、特徴量抽出など)を行うことで、学習効率や精度が向上した場合。
2. 学習モデル・学習方法の改良
特定の課題を解決するために、学習モデルの構造や学習アルゴリズム自体に改良を加えた場合も、進歩性が認められる可能性があります。ただし、単なる設計変更と区別されるだけの技術的特徴と効果が必要です。
3. 予測できない顕著な効果の立証
AI適用発明においては、AIを用いたことによる「予測できない顕著な効果」を主張できるかどうかが、進歩性判断の分かれ目となります。精度向上といった定量的な効果だけでなく、従来不可能であった新たな機能の実現といった質的な効果も含まれます。この効果を主張する際には、従来技術との比較データを明細書に具体的に記載することが不可欠です。
生成AIとプロンプト関連発明の最新動向
近年急速に発展している生成AI(大規模言語モデルなど)に関する発明も注目されています。令和6年3月に追加された最新の事例では、生成AIに関する進歩性判断が示されました[6]。
- 進歩性が否定された例: 質問文を大規模言語モデルに入力して回答文を自動生成すること自体は、慣用技術の利用に過ぎないとして進歩性が否定されています(事例2-37)[7]。
- 進歩性が肯定された例(プロンプトエンジニアリング): 生成AIに入力するプロンプトの生成方法に関する発明(事例2-38)において、質問文に関連する複数の文章から参考情報として適した複数のキーワードを抽出し、それを用いて制限文字数内でプロンプトを生成する工夫に進歩性が認められました[7]。これは、当該構成により、より信頼性が高く適切な回答文を得ることができるという有利な効果が認められたためです。
この事例は、「プロンプトエンジニアリング」においても、プロンプト作成ロジックに工夫が見られ、それが顕著な効果をもたらす場合には、特許取得の可能性があることを示唆しています。
実務で役立つ進歩性確保のためのアクションプラン
これまでの分析を踏まえ、特許実務家が取るべき具体的なアクションプランを、出願準備段階、明細書作成段階、中間対応段階に分けて解説します。
出願準備段階:技術的寄与の明確化と比較実験の実施
- 徹底した先行技術調査と分析: 想定される主引用発明を特定し、発明との差異を正確に把握します。その上で、発明が先行技術に対してどのような技術的寄与(技術的進歩)をもたらすのかを明確にします。
- 客観的な課題設定: 発明が解決しようとする課題を、出願当時の技術水準に基づいて客観的に設定します。
- 比較実験の実施とデータ取得: 効果を客観的に立証するための比較実験を実施します。特にAI関連発明や数値限定発明では、有利な効果を示す定量的なデータを取得することが不可欠です。
明細書作成段階:将来の進歩性論争に備える
- 課題と効果の具体的記載: 「背景技術」「発明が解決しようとする課題」「発明の効果」を詳細に記載します。特に効果については、取得したデータを用いて具体的に示します。
- 実施例の充実と比較例の記載: 発明の効果を裏付ける実施例を充実させます。比較例も必ず記載し、実施例との対比によって有利な効果が明確になるように構成します。
- 技術思想と背景事情の記載: なぜその構成を採用したのか、その技術思想や背景事情を記載します。これは、動機付けの有無を判断する際に有利に働く可能性があります。
中間対応段階:論理的な反論と的確な補正
- 審査官の論理構成の分析: 審査官がどの引用発明を主引用発明とし、どのようなロジック(特に動機付けの根拠)で容易想到と判断しているのかを正確に分析します。
- 論理的な反論(意見書): 審査官の論理付けの弱点を的確に指摘します。動機付けの欠如、阻害要因の存在、有利な効果の主張を、客観的な証拠に基づいて論理的に説明します。後知恵に基づいた判断であることを示唆することも有効です。
- 効果主張の補充: 必要に応じて、実験成績証明書などを提出し、有利な効果を補充・立証します。ただし、その効果が明細書の記載から推認できる範囲内である必要があります。
結論と知財収益化への展望
本稿では、特許実務家が直面する進歩性判断の最新動向について、審査基準の変遷、重要判例、そしてAI関連発明といった多角的な視点から解説してきました。進歩性の判断基準は、技術の発展と共に常に進化し続ける流動的なものです。私たち実務家は、常に最新の情報をキャッチアップし、変化に対応していく柔軟性が求められます。
さて、強固な進歩性を有する特許は、企業の技術的優位性を保護し、市場における競争力を維持するための強力な武器となります。しかし、特許は取得するだけでは十分ではなく、それをいかに活用し、収益に結びつけるかが企業の成長に直結します。ここで重要となるのが「知財の収益化」という視点です。
進歩性のハードルをクリアし、法的に安定した権利として確立された特許は、知財の収益化において極めて高い価値を持ちます。例えば、ライセンス交渉においては、権利の有効性(特に進歩性)が強固であればあるほど、有利な条件(高いロイヤリティ率など)を引き出すことが可能になります。また、特許売買市場においても、無効化リスクの低い、質の高い特許は高く評価され、大きな収益をもたらす可能性があります。企業の知財戦略においては、単に出願件数を追求するのではなく、将来の収益化を見据え、進歩性の高い、真に価値のある特許ポートフォリオを戦略的に構築していくことが不可欠です。本稿で解説した進歩性確保の戦略が、貴社の知財活動と収益化の一助となれば幸いです。
参考文献リスト
- 特許庁、「特許・実用新案審査基準」第III部 第2章 第2節「進歩性」 https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/03_0202.pdf
- 知財高裁 令和3年3月18日判決(令和2年(行ケ)第10059号)「光学部材の製造方法」事件 https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/500/090500_hanrei.pdf
- 最高裁判所 令和元年8月27日判決(平成30年(行ヒ)第69号)「ドキセピン誘導体」事件 https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/592/088592_hanrei.pdf
- 特許庁、「『引用発明と比較した有利な効果』に関する審査基準の改訂について」(令和2年12月16日) https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/kaitei2/2012_shisa_kijun.html
- 知財高裁 令和3年8月30日判決(令和2年(行ケ)第10044号)「ポリイミドフィルム」事件 https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/654/090654_hanrei.pdf
- 特許庁、「AI関連技術に関する特許審査の事例について」 https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/ai_jirei.html
- 特許庁、「特許・実用新案審査ハンドブック」附属書A「事例集」 https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/handbook_shinsa/document/app_a.pdf

