日米特許ライセンス収入「100倍格差」の衝撃:日本企業が「知財の収益化」で逆転する戦略

株式会社IPリッチのライセンス担当です。

本日は、日本の産業界が直面する、見過ごされがちな、しかし極めて重大な課題について、詳細な分析と具体的な戦略をご提示します。その課題とは、**「特許ライセンス収入における日米間の衝撃的な格差」**です。

データによれば、日本の特許出願件数は米国に匹敵するレベルにあり、日本の技術革新力(インベンション)は決して劣っていません。しかし、特許ライセンス料という形で得られる収益を比較すると、米国が年間数兆円規模の市場を形成しているのに対し、日本は数千億円規模に留まり、特に大学や研究機関の分野では約100倍もの絶望的な開きがあるという現実があります。

この記事の結論を先に申し上げます。この「100倍格差」は、日本の発明の質が低いからではありません。これは、**特許を「収益」に変換する「仕組み(マネタイズ・マシーン)」**の決定的な欠如、すなわち「知財戦略」の根本的な失敗に起因しています。

本稿では、この巨大な収益格差を生み出す構造的な要因を、大学TLO(技術移転機関)の機能不全、スタートアップのIPファイナンスの課題、そして大企業が陥った「守りの知財」の悲劇的な結末(実際の企業事例)から徹底的に解明します。さらに、米国企業がどのように「攻めの知財」を駆使して莫大な利益を上げているのか、その代表例であるクアルコムのビジネスモデルと法的攻防を詳細に分析します。

そして最後に、日本がこの状況を巻き返すための具体的な「逆転戦略」を提示します。それは、特許を「守りのコストセンター」から**「攻めのプロフィットセンター」**へと再定義することです。日本政府が打ち出した新しい「知財・無形資産ガバナンスガイドライン」を読み解き、企業が「知財の収益化」を経営の根幹に据えるための実践的なアクションプランを解説します。

目次

日米特許ライセンス料、衝撃の「100倍格差」:統計が暴く日本の課題

「100倍格差」という言葉は、決して誇張ではありません。特に、イノベーションの源泉である大学に目を向けると、その実態はより鮮明になります。

ある研究報告によれば、2020年の統計データで日米の大学における技術移転を比較すると、日本の「発明開示数」は米国の約29%、「特許出願数」は米国の約56%でした 。これは、日本の大学も活発に研究開発と発明活動を行っていることを示しています。

しかし、問題はここからです。米国の大学が同年に得たライセンス収入は約3,800億円(当時のレート換算)を超えていたのに対し、日本の大学等が得た知財収入はわずか約56億円でした 。これは、米国の約1%に過ぎず、文字通り100倍近い差が存在します。

この差は、一体どこから生まれるのでしょうか。

驚くべきことに、同年の「特許権等実施許諾数(ライセンスの件数)」を比較すると、日本は米国に対して約210%と、むしろ2倍以上の件数を処理しているのです 。

このデータは、日本の技術移転が抱える「致命的な病巣」を明らかにしています。私たちは、米国の2倍以上のライセンス契約を結びながら、米国の1%の収益しか上げていないのです。

これは、日本の大学やTLO(技術移転機関)が、一つ一つの特許の価値を正しく評価し、高額な独占ライセンスや戦略的なパッケージとして交渉するのではなく、「数」をこなすこと、すなわち安価な非独占ライセンスを数多く許諾することでKPIを達成しようとしてきた結果である可能性を強く示唆しています。

実際に、過去の科学技術基本計画では、産学連携推進のKPI(重要業績評価指標)として、この「特許権等実施許諾数」を5割増にすることが掲げられていました 。この「件数至上主義」とも言える方針が、結果としてライセンス収入の増加には結びつかず、むしろ特許の価値を「安売り」する構造を生み出してしまったのではないでしょうか。問題は発明の「数」でも「活動量」でもなく、その「価値」と「収益化戦略」にあるのです。

なぜ格差が生まれたか①:大学TLOの交渉力とスタートアップのIPファイナンス

前章で示した「ライセンス件数210%:ライセンス収入1%」という歪な構造は、日本のイノベーション・エコシステムが抱える二つの大きな機能不全、すなわち「大学TLOの交渉力不足」と「スタートアップのIPファイナンスの欠如」に起因しています。

大学TLOの「交渉力」という課題

大学で生まれた優れた発明の種を、社会実装し、対価を得る役割を担うのがTLO(技術移転機関)です。しかし、前述のデータが示す通り、多くのTLOがライセンスの「件数」を追うことに注力し、高額なロイヤリティや大型の独占契約を交渉する「戦略的機能」が十分に働いていない可能性があります。

これは、単にTLOの担当者の能力の問題ではなく、訴訟リスクを極度に恐れる文化や、産業界との交渉において主導権を握るほどの体力が不足しているという構造的な問題が背景にあると考えられます。

スタートアップを阻むIPファイナンスの「死の谷」

エコシステムのもう一つの重要な担い手は、スタートアップです。革新的な技術を持つスタートアップは、まさに「知財の塊」です。しかし、彼らの多くが「死の谷(Valley of Death)」と呼ばれる資金調達の壁に直面します。

特に日本では、スタートアップが持つ「特許」そのものを担保や評価対象として融資や投資を行う「IPファイナSンス」の仕組みが未成熟でした。特許庁の調査でも、多くの中小企業が自社の強みである知財・無形資産を保有しているにもかかわらず、その価値を金融機関や投資家にうまく説明し、企業価値として評価してもらうことに困難を感じている現状が指摘されています 。

経営資源が限られる中、自力で企業戦略と知財戦略を構築し、それを外部に開示するまでには至らないケースが非常に多いのです 。

政府が投じた処方箋:「IPAS」と「VC-IPAS」

この深刻な状況に対し、近年、日本政府(特許庁や経済産業省)は具体的な対策を講じ始めました。これが、日本の「収益化装置」を再構築するための重要な一手となります。

1. IPAS(知財アクセラレーションプログラム) これは、創業期のスタートアップに対し、ビジネス専門家と知財専門家から成る「知財メンタリングチーム」を派遣するプログラムです 。単に特許出願を支援するのではなく、スタートアップのビジネス成長を加速させるための「知財戦略」そのものを、事業と一体となって構築することを目的としています 。

2. VC-IPAS(ベンチャーキャピタルへの知財専門家派遣プログラム) IPASが「スタートアップ側」への支援であるのに対し、VC-IPASは「投資家側」の意識を変革する、より踏み込んだ施策です。これは、弁理士や弁護士といった知財専門家を、スタートアップに投資するベンチャーキャピタル(VC)の内部に直接派遣するプログラムです 。

VC-IPASの目的は、VCの知財リテラシーそのものを向上させることにあります 。派遣された専門家は、投資「前」のデューデリジェンス(資産査定)やFTO調査(他社特許侵害調査)を支援するだけでなく、投資「後」のスタートアップに対しても知財戦略の構築を支援します 。

これは、日本のIPファイナンスにおける「目詰まり」の真の原因が、スタートアップ側の戦略不足だけでなく、むしろ「評価する側(VC)」の知財価値評価能力の不足にあることを政府が認識した証拠です。VCが知財の価値を正しく評価できるようになれば、スタートアップはIPをテコに資金調達が可能となり、エコシステム全体が正常に回り始めます。これは、知財を単なる「法的な権利」から「金融資産」へと転換させるための、極めて重要な戦略的介入と言えます。

なぜ格差が生まれたか②:技術流出の損害と「守りの知財」の限界

日本の「知財の収益化」が遅れた背景には、エコシステムの機能不全だけでなく、日本企業に長年根付いてきた「知財=守り」という意識の問題があります。特許を出願する目的が、他社を市場から排除して利益を最大化する「攻め」ではなく、他社からの訴訟を回避したり、クロスライセンスの交渉材料にしたりするための「守り」に偏重しすぎていたのです。

そして、この「守り」の意識は、時として致命的な戦略ミスと莫大な経済的損失を招きました。ここでは、二つの象徴的な事例を分析します。

事例1:新日鐵住金 vs POSCO(技術流出と300億円の代償)

この事件は、「守り」の戦略が破綻したとき、企業がどれほどの代償を払うことになるかを明確に示しています。

  • 争点となった資産: 争点となったのは、変圧器の鉄心などに使われる「方向性電磁鋼板」の製造技術です 。これは新日鐵住金(当時)が長年の研究開発で確立した、他社の追随を許さない高付加価値製品のコア技術でした。
  • 事件の発生: 2012年、新日鐵住金は、韓国の鉄鋼大手POSCOに対し、元従業員を通じてこの方向性電磁鋼板の製造技術(営業秘密)が不正に盗まれ、使用されたとして、不正競争防止法に基づき提訴しました 。
  • 損害と和解: 当初の損害賠償請求額は986億円という巨額なものでした 。訴訟は日本、米国、韓国の3カ国で展開されましたが、2015年、POSCOが新日鐵住金に対して300億円の和解金を支払うことで合意に至りました 。

この「300億円」という金額は、日本の技術流出訴訟における和解金としては異例の高額であり、一見すると新日鐵住金の「勝利」のように見えます。しかし、本質は異なります。

この300億円は「勝利の対価」ではなく、「失われた独占的利益」のほんの一部を回収したに過ぎない「サルベージ(回収)コスト」です。本来であれば、このコア技術によって数十年にわたり享受できたはずの市場での独占的な地位、高い製品価格、そしてグローバルな競争優位は、この技術流出によって永遠に失われました。300億円という金額は、皮肉にも、それまで目に見えていなかった「知財の価値」が、最低でもこの金額(実際には請求額の986億円以上)であったことを金銭的に証明する形となりました。

事例2:シャープ vs サムスン(液晶技術と「引き分け」という名の戦略的敗北)

もう一つの事例は、技術的優位性を持ちながら、ライセンス戦略の失敗によって競争力を失ったケースです。

  • 「巨人の激突」: 2000年代後半、液晶パネル技術はシャープの代名詞であり、その競争力の源泉でした。しかし、この分野でサムスン電子が急速に台頭。2007年以降、両社は液晶パネルとモジュールに関する特許を巡り、米国、日本、韓国、欧州で互いに訴訟を提起する、まさに「巨人の激突」と呼ばれる泥沼の特許戦争に突入しました 。
  • 和解の結末: 3年以上にわたる世界的な訴訟合戦は、2010年2月、両社がすべての訴訟を取り下げ、和解することで終結しました 。
  • 和解の「中身」: この和解の核心は、「両社が、お互いに利用することが可能になった」こと、すなわち「クロスライセンス契約」でした 。

表面的には、これは「引き分け」です。しかし、戦略的に見れば、これは技術の「パイオニア(先駆者)」であったシャープにとって、致命的な「敗北」でした。

なぜなら、技術の「ファスト・フォロワー(迅速な追随者)」であるサムスンにとって、この和解はシャープの牙城であった中核的な液晶特許を、法的に、正当に利用する「権利」を得たことを意味するからです。シャープは、自社の最大の武器であった「特許による市場の独占」を自ら手放し、サムスンを同じ土俵に上げてしまいました。

この結果、液晶市場の競争軸は「独自の技術力」(シャープの強み)から、「生産規模とコスト競争力」(サムスンの強み)へと一気にシフトしました。この特許戦略の失敗が、のちにシャープを深刻な経営危機へと導く遠因の一つとなったことは、多くの分析が指摘するところです 。

これらの事例は、特許を「守り」の道具としてしか捉えられず、市場の独占や競争相手の排除といった「攻め」の戦略として使えなかった日本企業の限界を象徴しています。

真の「攻めの知財」:クアルコム(Qualcomm)のライセンス戦略と法的攻防

日本の企業が「守りの知財」の限界に苦しんでいた一方で、米国企業、特にクアルコム(Qualcomm)は、「攻めの知財」を文字通り「ビジネスモデルの根幹」に据え、莫大なライセンス収入を稼ぎ出してきました。日米の100倍格差の「米国側」を象徴する存在であるクアルコムの戦略は、その強烈な収益性と同時に、極めて高い法的リスクを伴うものでした。

クアルコムのビジネスモデル:「No License, No Chips」

クアルコムの収益の柱は二つあります。一つはスマートフォンなどに搭載されるモデムチップセットの「販売」、もう一つは、同社が保有する膨大な「特許のライセンス」です。彼らの戦略の核心は、この二つを巧みに、あるいは強引に連動させたことにあります。

  • 「No License, No Chips(ライセンスなくして、チップなし)」: クアルコムは、携帯電話メーカー(Appleなど)に対し、「自社の特許ポートフォリオ全体のライセンス契約を結ばない限り、当社のモデムチップは販売しない」という強力な交渉カードを切りました 。
  • ロイヤリティの算定基準: さらに強烈だったのは、ライセンス料の算定基準です。クアルコムは、小さなモデムチップ1個の価格ではなく、スマートフォン「端末全体の販売価格」の数パーセントをロイヤリティとして要求しました 。

この戦略により、クアルコムは自社のチップが使われようと、競合他社(Intelなど)のチップが使われようと、市場で販売されるほぼすべてのスマートフォンから莫大なライセンス料を徴収する仕組みを構築したのです。

世界中を敵に回した「法的攻防」

当然ながら、この一方的とも取れるビジネスモデルは、世界中の規制当局や顧客企業から「独占禁止法(反トラスト法)違反」であるとして、猛烈な反発を受けました。

1. 韓国公正取引委員会(KFTC)の判断 韓国KFTCは、このモデルを「不公正なビジネスモデル」と断じました 。KFTCは、クアルコムがチップセットの供給を「人質」に取り、携帯電話メーカーに「一方的なライセンス条件を強要」していると認定。さらに、標準必須特許(SEP)を保有する企業が負うべき「FRAND(公正・合理的・非差別的)条件」でのライセンス義務にも違反していると指摘しました 。

2. 米国第一審(地方裁判所)の判断 米国連邦取引委員会(FTC)が起こした訴訟でも、第一審のルーシー・コー判事(カリフォルニア北部地区連邦地裁)は、KFTCと同様の厳しい判断を下しました 。判決は、「クアルコムの法外に高いロイヤリティ率は、特許の価値ではなく、チップ市場における独占的なシェアによって設定されている」と断じ、反トラスト法違反を認定。さらに、クアルコムにはSEPを競合他社にもライセンスする「独占禁止法上の義務」があるが、それを怠ったと結論付けました 。

運命の大逆転:第9巡回控訴裁判所の判断

第一審での完敗により、クアルコムのビジネスモデルは崩壊の危機に瀕しました。しかし、2020年8月、米国の控訴裁判所(第9巡回控訴裁判所)は、この第一審判決を「全面的に破棄」するという、衝撃的な逆転判決を下しました 。

この控訴審のロジックこそ、米国の「攻めの知財」の神髄を理解する上で最も重要なポイントです。

  • 争点:「反競争的」であったか? 控訴審は、クアルコムの「No License, No Chips」ポリシーが「反競争的」であったかどうかを再検討しました。
  • 控訴審のロジック:「チップ供給業者ニュートラル」 控訴審は、クアルコムのポリシーが**「チップ供給業者ニュートラル(Chip-Supplier Neutral)」**であると認定しました 。これはどういう意味でしょうか。 クアルコムは、「クアルコムのチップを買うならライセンス契約を結べ」と言ったのではありません。「(Intelなど他社のチップを買う場合であっても)我々の特許を使う以上はライセンス契約を結べ。結ばなければ、クアルコムのチップの供給を停止する(拒否する)」というポリシーでした。 つまり、このライセンス要求は、携帯電話メーカーがどの会社のチップを選ぼうと「中立的」に適用されるものであり、チップ市場における「競合他社を直接的に害する」ものではない、と判断したのです 。
  • 結論:「独禁法違反」ではなく「特許法」の問題 控訴審は、クアルコムが「法外なロイヤリティ」を要求しているという主張は、独占禁止法の問題ではなく、「特許法」の枠組み(ロイヤリティ料率の妥当性)で争われるべき問題であるとしました 。そして、クアルコムには競合他社にまでライセンスを与える「独占禁止法上の義務」は存在しない、と第一審判決を明確に覆したのです 。

この一連の法廷闘争は、クアルコムという企業が、自社の「知財の収益化」モデルを守るためであれば、世界中の規制当局と巨大顧客を敵に回し、数十億ドル規模の訴訟リスクを背負ってでも戦い抜くという、強烈な「意志」を持っていることを示しています。

日本の「100倍格差」の背景にあるのは、単なる仕組みの違いではなく、この「知財で稼ぎ切る」という企業の戦略的な意志と、それを(最終的には)容認する司法・社会環境の差であると言えるでしょう。

日本の逆転戦略:「知財・無形資産ガバナンス」が企業価値を変える

クアルコムのような「ハード・オフェンシブ(強攻型)」な戦略が、訴訟文化やビジネス慣行の異なる日本でそのまま受け入れられるかは議論が分かれるところです。しかし、指をくわえたまま「100倍格差」を放置するわけにはいきません。

日本には、日本なりの「攻めの知財」の形が必要です。そして今、そのための国家戦略が「知財・無形資産ガバナンス」という新しいキーワードのもとで急速に進められています。これは、日本版「ソフト・オフェンシブ(知能型)」戦略とも呼ぶべきアプローチです。

この戦略の中核となるのが、内閣府・経済産業省・特許庁などが主導して策定した**「知財・無形資産の投資・活用戦略の開示及びガバナンスに関するガイドライン Ver. 2.0」**です 。

このガイドラインが目指すのは、クアルコムのように「ライセンス料」を直接的に強要することではなく、**「知財・無形資産の価値を投資家に正しく開示・対話すること」を通じて、自社の「企業価値(時価総額)」**を高め、より良い条件で資金調達(ファイナンス)を可能にすることです。これは「IP-to-Royalty」ではなく、「IP-to-Market-Cap(時価総額)」戦略と呼べます。

ガイドラインは、企業がこの変革を成し遂げるための「2つの処方箋」を提示しています 。

1. 経営者の「意識改革」を促す「5つのプリンシプル(原則)」

これは、経営トップの「マインドセット」を変革するための5つの原則です 。

  1. 「価格決定力」あるいは「ゲームチェンジ」につなげる: 知財を、安易な価格競争から脱却し、高付加価値を提供する「価格決定力」の源泉として活用する。
  2. 「費用」でなく「資産」の形成と捉える: 研究開発費や知財関連費用を、単年度の「費用(コスト)」として削減対象にするのではなく、将来のキャッシュフローを生む「資産」形成への「投資」として捉え直す。
  3. 「ロジック/ストーリー」としての開示・発信: 自社の知財が、どのようにビジネスモデルと結びつき、将来の価値創造につながるのかを、論理的な「ストーリー」として投資家に説明する。
  4. 全社横断的な体制整備とガバナンス構築: 知財戦略を法務・知財部だけに任せるのではなく、経営陣(特に取締役会)が監督する全社的な重要事項として位置づける。
  5. 投資家・金融機関における、中長期視点での投資への評価・支援: (投資家側への要請)企業が短期的な利益を犠牲にしてでも長期的な知財投資を行う場合、その戦略的な「ストーリー」を評価し、支援する。

2. 現場の「実行」を促す「7つのアクション」

これは、上記の5原則を企業が具体的に実行するための「行動計画」です 。

  1. (i) 現状の姿の把握: 自社のビジネスモデルと、強みとなる知財・無形資産(As Is)を正確に把握・分析する。
  2. (ii) 重要課題の特定と戦略の位置付けの明確化: 自社の経営課題(マテリアリティ)を特定し、それを解決するための知財戦略の位置付けを明確にする。
  3. (iii) 価値創造ストーリーの構築: 将来の目指す姿(To Be)を描き、知財がどのように社会価値・経済価値に結びつくか、「因果関係を明らかにした価値創造ストーリー」を構築する。
  4. (iv) 投資や資源配分の戦略の構築: As Is と To Be のギャップを埋めるため、知財への投資戦略を構築し、KPI(重要業績評価指標)を設定して進捗を管理する。
  5. (v) 戦略の構築・実行体制とガバナンス構築: 取締役会が知財戦略の議論を主導できる体制を整備し、関連部署の連携を促進する。
  6. (vi) 投資・活用戦略の開示・発信: 統合報告書やIR資料などを通じて、構築した「価値創造ストーリー」を積極的に開示・発信する。
  7. (vii) 投資家等との対話を通じた戦略の錬磨: 開示(一方通行)で終わらせず、投資家との「対話・エンゲージメント」を通じて、戦略そのものを磨き上げる。

中小企業への実践的アプローチ

このガイドラインは、上場企業だけでなく、中小企業の経営者にとっても極めて重要です。特許庁は、中小企業がこの「価値創造ストーリー」を構築し、金融機関と対話するための実践的なツールとして、「【試行版】知財・無形資産の開示項目・観点集」も公開しています 。

ここには、「①自社の事業の環境説明」から「③自社の強み(知的財産権)」「⑩因果関係をストーリーとして説明」まで、金融機関が評価する10個の開示項目が具体的に示されています。

私たちは、大学TLOが「件数」を追い、価値の「安売り」を続けた構造 、そして日本企業が「守りの知財」に固執し、技術流出 や戦略的敗北 という形で莫大な代償を払ってきた現実を見てきました。

一方で、クアルコムの事例は、知財を「攻め」の武器として徹底的に活用する企業が、どれほどの法的リスクを冒してでも自社の収益モデルを防衛し、莫大な利益を上げるかを示しています 。

今、日本はこの状況を逆転させる岐路に立っています。VC-IPAS のようなエコシステム支援策、そして「知財・無形資産ガバナンスガイドライン」 という国家戦略は、日本が長年欠いていた「収益化の装置」そのものです。

もはや、政策が足りない、環境が整っていないという時代は終わりました。問われているのは、私たち企業自身の「実行」です。

経営者、知財担当者、研究開発者の皆様。今こそ、自社に眠る「特許」という名の膨大な資産を、単なる「防衛コスト」から、「利益を生み出すプロフィットセンター」へと変革する時です。新しいガイドライン が示す「価値創造ストーリー」をテコに、投資家や市場との対話を主導し、**「知財の収益化」**を本気で実行すること。それこそが、この100倍格差を埋め、日本企業が再び世界で競争力を取り戻すための、唯一の道です。

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参考文献リスト

  1. 東京大学大学院工学系研究科, “我が国の大学における技術移転の課題”, (2022年), https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/record/2013191/files/A41805.pdf
  2. 経済産業省 特許庁, “令和5年度中小企業等知財支援施策検討分析事業(知財・無形資産への取組みの情報開示に関する調査研究)報告書について”, (2024年4月17日), https://www.jpo.go.jp/resources/report/chiiki-chusho/r5-chusho-shien-bunseki-chizai.html
  3. 特許庁, “令和3年度 特許庁年次報告書”, (2022年), https://www.jpo.go.jp/resources/report/nenji/2022/document/index/030105.pdf
  4. 特許庁, “IP BASE”, “知財アクセラレーションプログラム(IPAS)運営の手引き”, https://ipbase.go.jp/
  5. 特許庁, “令和5年度 特許庁年次報告書”, (2024年), https://www.jpo.go.jp/resources/report/nenji/2024/document/index/0305.pdf
  6. 特許庁, “IP BASE”, “VC-IPAS(ベンチャーキャピタルへの知財専門家派遣プログラム)”, https://ipbase.go.jp/for-vc/
  7. 新日鐵住金株式会社, “新日鐵住金とポスコの方向性電磁鋼板に関する訴訟の和解について”, (2015年9月30日), https://www.nipponsteel.com/common/secure/news/20150930_100.pdf
  8. 株式会社産業新聞社, “新日鉄住金 方向性電磁鋼板、POSCO和解金300億円支払など条件”, (2015年9月30日), https://www.japanmetal.com/news-t2015093061698.html
  9. ITmedia ビジネスオンライン, “新日鉄住金、POSCOと和解 300億円支払い”, (2015年10月1日), https://www.itmedia.co.jp/business/articles/1510/01/news095.html
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  18. 内閣府 知的財産戦略推進事務局, “知財・無形資産ガバナンスガイドライン Ver. 2.0”, (2023年3月), https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/tousi_kentokai/pdf/v2_shiryo1.pdf
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