特許だけ?会社ごと? 知財獲得のためのM&A戦略

株式会社IPリッチのライセンス担当です。
本記事では、特許などの知的財産を獲得するためにM&A(企業買収)を活用する戦略について解説します。特許だけを買い取る場合と会社ごと買収する場合のそれぞれの選択肢やメリット・デメリットを整理し、知財の収益化に与える影響を考察します。
M&Aと特許獲得戦略の重要性
企業のM&Aでは、特許をはじめとする知的財産(無形資産)が非常に重要な価値要素となります。実際、米国主要企業(S&P500)の企業価値の約90%は特許やブランドなど無形資産が占めるのに対し、日本企業(日経225)では約32%にとどまるとの分析があります[1]。これは日本企業が有形資産に依存しがちであることを示しますが、裏を返せば知的財産を適切に評価・活用することで企業価値を大きく上乗せできる潜在力を示唆しています。
特許権は自社の発明を独占利用できる強力な権利であり、競争優位の源泉となり得ます。M&Aにおいても、買収対象企業が持つ技術や特許ポートフォリオは買い手にとって大きな魅力です。他社の重要な特許を取得することを主要な目的として行われる買収も珍しくありません。例えば、米グーグル社は2012年にモトローラ・モビリティ社を約125億ドルで買収し、同社が保有していた約1万7千件もの特許群を獲得しましたが、これはモトローラ社の事業そのものではなくその特許資産の取得が狙いだったといわれています[2]。このように強力な特許群はM&A交渉における「切り札」ととなり、買収額にも大きな影響を与えます。特許による技術的優位性や市場独占力は将来のキャッシュフロー拡大に直結するため、買い手企業はその価値を評価に織り込むのです。裏を返せば、売り手側にとっても自社の知財が正当に評価されれば、買収価格(のれん)の上乗せにつながるでしょう。
特許だけ獲得するM&A戦略:メリットと注意点
必要な知財だけをピンポイントで手に入れる方法として、特許そのものを直接購入する戦略があります。特許権や特許ポートフォリオを単体で売買することで、欲しい技術や権利だけを取得でき、不要な事業部分を引き取らずに済むのが利点です。このアプローチのメリットには以下のような点があります。
- コスト効率: 会社全体を買収するより安価に済む可能性があります。買いたい特許だけに対価を払うため、余計な資産や負債を抱え込まなくて済みます。
- スピードと手軽さ: 資産取引(特許譲渡)は企業買収に比べ手続きがシンプルです。株主や従業員の承諾といったプロセスも不要で、交渉相手(特許権者)との合意が得られれば迅速に完了します。
- 収益化の即時性: 取得した特許は自社で直ちに活用したり、競合他社にライセンス提供して収益を得ることが可能です。特に自社が必要とする技術特許を得られれば、製品・サービス強化による売上増や、他社からライセンス料を得るといった形で早期にリターンを追求できます。
もっとも、特許単独買収には注意すべき課題も存在します。第一に特許の価値評価と法的リスクの見極めです。購入しようとする特許が本当に有効で有用か(無効化されるリスクがないか、権利範囲が十分広いか)を入念にデューデリジェンスする必要があります。また、その特許に既存のライセンス契約や担保権などの権利関係のしばりがないか確認しなければなりません。既に他社に広くライセンス供与されている特許だと、新たな収益機会は限定的ですし、譲渡によってライセンス契約が失効するケースもあります(ライセンスの譲渡条項に注意が必要です)。
さらに、売り手との交渉戦略も重要です。市場では大企業が特許購入を希望していると知れた途端に、売り手が希望価格を吊り上げる例が見られます。そこで買い手企業はブローカー(特許仲介業者)を活用し匿名で交渉を進め、適正価格で取引する工夫も行われています[3]。実際、特許取引の専門ブローカーは潜在的な買い手候補を複数募って競争入札を演出し、売り手の利益最大化を図る一方、買い手のニーズに合致する特許探索も支援しています。
最後に、特許単独では人材やノウハウが伴わない点も留意しましょう。特許を取得しても、その技術を実際に製品化するには専門人材や追加開発が必要な場合があります。元の特許発明者や技術チームがいなければ権利を十分に活かせないリスクもあります。このような場合、単なる特許取得よりも、発明者ごと引き入れる契約(コンサル契約や人材の移籍)を検討することも重要です。
会社ごと買収するM&A戦略:メリットと注意点
対象企業を丸ごと買収し、その傘下にある特許群を取得する戦略も広く取られています。会社ごと買うことで特許だけでなく技術を開発したチーム、人材、ノウハウ、顧客基盤やブランドまで一括で手に入るのが最大のメリットです。このアプローチには以下のような利点があります。
- 包括的なシナジー: 取得した特許を持つ開発チームや設備をそのまま自社に取り込めるため、技術の継続的な開発や迅速な製品への実装が期待できます。特許と実働部隊が揃うことで、単なる権利以上の価値(将来のイノベーションや関連特許の創出)が見込めます。
- 競合排除と市場参入: 有望なベンチャー企業ごと買収すれば、競合他社によるその企業・特許の獲得を防ぎ、自社の競争力強化に独占的に活用できます。また、対象企業が確立した製品・サービスを持つ場合、それらと特許を組み合わせて自社の市場参入を加速したり、市場シェアを即座に拡大することが可能です。
- 知財以外の付加価値: 会社買収では、特許以外にも商標やデータ、営業網など様々な無形資産を同時に取得できます。これらが総合的に自社事業に貢献することで、単体の特許購入では得られないスケールメリットやブランド力向上といった副次的効果も得られます。
もっともコストとリスクも大きい点に注意が必要です。まず買収金額は当然ながら特許単体購入より桁違いに大きくなる傾向があります。対象企業の事業価値や将来性、人件費なども含めて支払うことになるため、投資回収に時間がかかるでしょう。加えて、企業買収には法務・財務・税務など多岐にわたるデューデリジェンスが不可欠です。特許面でも、対象企業が他社特許を侵害して訴訟リスクを抱えていないか(他社から訴えられるリスク)、あるいは対象企業の特許が第三者に無断使用されていないか(自社が権利行使できる潜在収益)といった双方の視点で入念な調査が必要です。前者のリスクが見過ごされると、買収後に多額の損害賠償や製品販売差し止めといった致命的損失を被りかねません。一方、後者については後述するように収益機会となり得るため、見落とさないようにすることが重要です。
また、PMI(買収後の経営統合)の課題もあります。企業文化の統合や人材流出の防止、重複資産の整理など、買収後に乗り越えるべきハードルは少なくありません。せっかく優れた特許とチームを得ても、統合作業に失敗すると想定したシナジーを発揮できず投資効果が減殺されてしまいます。こうしたリスクを抑えるため、買収側企業は事前に詳細な統合計画を立て、重要人材の引き留め策を講じるなど万全の準備が求められます。
侵害されている特許の獲得による収益機会
特に注目すべきは、現在進行形で他社に侵害されている特許の価値です。他社が無断で使用している特許技術があるということは、その技術に市場で実需がある明確な証拠と言えます。そのような特許を取得できれば、適切に権利行使(ライセンス交渉や訴訟)を行うことでライセンス料収入や損害賠償金といった直接的な収益を上げられる可能性があります[4]。実際、米国では特許訴訟に投資するファンドやNPE(非実施主体)が、他社に使われている特許を積極的に買い集めているとの報告があります。ある調査では「ファンドにとって価値があるのは侵害されている特許である。すなわち実際に使用され訴訟の対象となった特許やライセンス可能な特許である」とまで言われており[5]、彼らは将来得られる賠償金の一部を見越して特許に投資しているのです。
例えば、カナダの通信会社ノーテルが2011年に破綻した際、その保有特許約6000件がオークションにかけられ、アップルやマイクロソフトなど6社連合が総額45億ドル(約5,000億円)で落札しました[6]。この巨額取引の背景には、ノーテルの特許群が4G通信など重要技術を網羅し、市場を席巻していた競合他社に対して強力な交渉力やライセンス収益をもたらすと期待されたことがあります。同様に、事業に失敗した企業や清算対象の事業から特許資産だけが高値で売買される例は近年増えており、特許が独立した資産クラスとして取引市場が形成されつつあります。
もっとも、侵害されている特許を活用した収益化戦略には慎重な判断も求められます。特許権の行使(差止請求や損害賠償請求)には裁判費用や相手企業との関係悪化リスクが伴いますし、訴訟に勝てる見込み(特許の有効性や侵害の立証可能性)も事前に見極めねばなりません[4]。訴訟戦略によるリターンとコスト・リスクを天秤にかけ、必要に応じて専門家の助言を仰ぐことが大切です。こうした分析は知財デューデリジェンスの一環として買収前に行われ、期待収益に応じて買収額にプレミアを上乗せしたり、逆にリスクに応じて価格調整や取引見送りの判断が下されます。
知財M&A戦略で実現する特許収益化効果と今後の展望
特許の取得を目的としたM&A戦略は、攻守両面で企業にもたらす利益が大きいと言えます。攻めの側面では、自社が持たざる有力特許を獲得することでイノベーションを加速し、新製品や新事業で収益拡大を図れます。また取得特許をライセンスアウトすることでロイヤルティ収入を得る道も開けます。守りの側面でも、他社による特許訴訟リスクを軽減したり、特許ポートフォリオの拡充によって交渉力を高め、競合他社に対するけん制効果を発揮します。実際、米IBM社は自社保有特許のライセンスによって1996年以降に累計270億ドル以上もの収入を得ており、近年でも年間約10億ドル規模の特許ライセンス収益を計上していると報じられています[7]。このように知財の収益化は単に自社製品の売上向上にとどまらず、ライセンス料という形で直接的に高収益率の利益を生み出す源泉にもなり得ます。
一方、日本企業に目を転じると、依然として知財を十分に活用できていないケースが多いのが現状です。しかし近年、ベンチャーキャピタルがスタートアップの知財を評価して出資判断したり、事業承継M&Aの場面で中小企業の持つ独自特許に注目が集まるなど、知財を核としたM&Aの重要性が高まってきています。今後は特許の売買やライセンス仲介を行うプラットフォームの整備も進み、企業も個人発明家もより開かれた市場で知財を取引できるようになるでしょう。
最後に、自社の特許を収益化したいと考える方は、そうした専門プラットフォームの活用も検討してみてください。特許の売却・ライセンスによる収益化を目指す方は、弊社が運営する「PatentRevenue」(https://patent-revenue.iprich.jp)へのご登録もぜひご検討ください。自社の眠れる知財を適切に評価し、最適なパートナーとのマッチングを図ることで、新たな収益源を生み出す第一歩となるでしょう。
参考文献
- 特許庁『知財経営への招待〜知財・無形資産の投資・活用ガイドブック』(2023年) – https://www.jpo.go.jp/support/example/chizai-mukei-toushi-katsuyou-guide/document/index/all_guidebook.pdf
- The Next Web「Motorola acquisition means Google gets 17,000 patents, 3 times Nortel’s, with 7,500 pending.」(2011年8月15日公開) – https://thenextweb.com/news/motorola-acquisition-means-google-gets-17000-patents-with-7500-pending
- JETROニューヨーク事務所『知財マーケットの現状調査』(特許庁委託調査報告書, 2022年3月) – https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Ipnews/us/2022/202203_2_r.pdf
- Business & Law「M&Aにおける知的財産デューデリジェンスのエッセンス」(2024年11月5日公開) – https://businessandlaw.jp/articles/a20241105-1/
- JETROニューヨーク事務所『米国における知財の活用状況に関する調査報告書』(2025年3月) – https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Ipnews/us/2025/202503.pdf
- Reuters “Apple/RIM group top Google in $4.5 billion Nortel sale” (2011年7月1日) – https://www.reuters.com/article/business/applerim-group-top-google-in-45-billion-nortel-sale-idUSTRE7600PF
- TechTarget「IBM drops from top spot in patents, surpassed by Samsung」(2023年2月16日) – https://www.techtarget.com/searchdatacenter/news/365531318/IBM-drops-from-top-spot-in-patents-surpassed-by-Samsung

