日本における特許侵害訴訟の進化:均等論、間接侵害、そして画期的判例の専門的分析

株式会社IPリッチのライセンス担当です。本稿では、知的財産実務の専門家の皆様を対象に、近年の日本における特許侵害訴訟の動向を深く掘り下げて解説します。特許権者にとって有利な環境が整備されつつある一方で、法解釈はより複雑化しています。本稿では、特許権の保護範囲を実質的に画定する「均等論」と「間接侵害」という二つの重要法理、そして特許権行使の境界線を再定義した近年の画期的な判例を分析し、実務に不可欠な戦略的知見を提供します。

目次

均等論:特許保護の真の範囲を画定する重要法理

特許請求の範囲(クレーム)の文言に厳密には該当しない製品であっても、一定の条件下で特許権侵害とみなす法理が「均等論」です。この法理は、些細な改変によって特許権の網の目を潜り抜ける行為を許さず、発明の保護と奨励という特許制度の根幹を支えるために不可欠な役割を果たしています。

基礎的枠組み:ボールスプライン事件最高裁判決における均等論の5要件

日本における均等論の判断枠組みは、平成10年の最高裁判所判決、通称「ボールスプライン軸受事件」によって確立されました 。この判決は、出願時に将来のあらゆる侵害態様を予測してクレームを記載することの困難性を認め、構成の一部を置換する等の行為で容易に権利行使を免れることができれば、社会正義に反し、発明意欲を減殺すると指摘しました 。これを背景に、均等侵害が成立するためには、以下の5つの要件をすべて満たす必要があると判示されました 。   

  1. 非本質的部分:対象製品等と特許発明の構成との相違点が、特許発明の「本質的部分」ではないこと。判例上、「本質的部分」とは、その発明特有の作用効果を生み出す中核的な技術思想を構成する部分と解されています 。   
  2. 置換可能性:相違点を対象製品等の構成に置き換えても、特許発明の目的を達成でき、同一の作用効果を奏すること。
  3. 置換容易性:その置き換えが、侵害行為の時点で、当業者(その技術分野の通常の知識を有する者)にとって容易に想到できたこと。判断の基準時が「出願時」ではなく「侵害時」である点が重要であり、これにより出願後に出現した新技術を用いた置換行為にも対応できます 。   
  4. 公知技術非該当性:対象製品等が、特許発明の出願時における公知技術そのものであったり、当業者が公知技術から容易に推考できたものではないこと 。   
  5. 特段の事情の不存在:対象製品等が、特許出願の手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの「特段の事情」が存在しないこと。この要件は、出願人が自ら権利範囲に含めなかったものについて、後から権利を主張することは禁反言の法理に反するという考えに基づいています 。   

第5要件の深化:マキサカルシトール事件判決と「意識的除外」の客観的基準

ボールスプライン事件判決後、実務において最も解釈が分かれたのが、第5要件の「特段の事情」、特に「意識的除外」の認定でした。問題となったのは、「出願時に容易に想到できた構成をクレームに記載しなかった」という事実だけで、その構成を「意識的に除外した」とみなせるかという点でした 。もしこれが肯定されると、出願人は将来考えうるすべての代替構成を網羅的にクレームに記載するよう強いられることになり、均等論の意義が大きく損なわれる懸念がありました 。   

この長年の論争に終止符を打ったのが、平成29年の最高裁判所判決、通称「マキサカルシトール事件」です 。最高裁は、「出願時に代替構成を容易に想到できたにもかかわらず、これを特許請求の範囲に記載しなかったというだけでは、特段の事情には当たらない」と明確に判示しました 。   

その上で、意識的除外が認められるための新たな基準として、「客観的、外形的にみて、対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるとき」という、より厳格な要件を提示しました 。   

この「客観的、外形的な表示」の具体例として、判決は以下のケースを挙げています。

  • 出願人が、明細書において当該代替構成による発明を記載しているとみることができる場合 。   
  • 出願人が、出願当時に公表した論文等で、当該代替構成について言及している場合 。   

この判決は、均等論の適用範囲に関する法的な不確実性を大きく減少させました。意識的除外の判断基準が、出願人の主観的な意図の推測から、明細書や関連公表物といった客観的な証拠に基づく評価へと移行したためです。これにより、訴訟当事者は、より明確な根拠に基づいて主張を組み立てることが可能となり、裁判の結果予測性も高まりました。

しかし、これは同時に、特許実務、特に明細書作成戦略に新たな課題を投げかけています。発明を十分に説明し、補正の根拠を確保するために詳細な記載が求められる一方で、クレームに含めなかった実施例や代替構成に関する記述が、将来的に「意識的除-外」の証拠として利用されるリスクを内包することになったのです。発明者が発表する学術論文なども含め、出願に関連するすべての開示情報が、将来の権利範囲を画定する上で極めて重要な意味を持つことになり、より戦略的な情報管理が求められています。

間接侵害:特許法101条に基づく先行的権利行使

特許権侵害は、発明の構成要件をすべて満たす製品を製造・販売等する「直接侵害」だけではありません。特許法第101条は、直接侵害には至らないものの、その予備的・幇助的段階にある特定の行為を「侵害とみなす」と規定しており、これを「間接侵害」と呼びます。

制度趣旨:侵害の予備的・幇助的行為の規制

間接侵害制度の趣旨は、特許権の実行性を確保することにあります。例えば、最終的な侵害行為者が多数の一般消費者である場合、個々の消費者を訴えることは現実的ではありません 。このような状況で、侵害に不可欠な部品を供給する事業者を規制することで、侵害行為を源流で差し止め、特許権の実質的な保護を図ることが可能となります。   

二つの基準:「のみ」要件と「不可欠」要件の司法的解釈

部品等の提供行為を対象とする間接侵害は、その部品の性質に応じて、主に「専用品型」と「多機能型」の二つに大別されます。両者は成立要件が異なり、裁判所の解釈傾向にも顕著な違いが見られます。

  • 専用品型(特許法101条1号、4号):その発明の実施に「のみ」用いられる物(専用品)の生産・譲渡等をする行為を対象とします。
  • 多機能型(特許法101条2号、5号):その発明による課題の解決に「不可欠」なものであって、他に用途がある物(汎用品)を、侵害の事実を知りながら生産・譲渡等をする行為を対象とします。

近年の裁判例の分析によれば、この二つの類型では侵害の認定率に大きな差が生じています 。   

専用品型の「のみ」要件について、裁判所は柔軟かつ実質的な解釈を行う傾向にあります。理論上の用途はあっても、経済的、商業的、実用的な観点からみて他の現実的な用途が想定されない場合には、「のみ」要件が満たされると判断されやすいです。この結果、専用品型間接侵害が争われた事案のうち、要件が充足されると判断された割合は83%と非常に高くなっています 。   

一方、多機能型の「不可欠」要件については、裁判所はより厳格な解釈を適用します。その部品が、単に製品の動作に必要というだけでなく、発明が解決しようとする特有の課題と直接的に結びついていることが求められます。従来から存在する一般的な部品などは、「不可欠」とは認められにくい傾向があります 。この厳格な解釈が影響し、多機能型間接侵害の要件充足が認められた割合は47%にとどまっています 。   

さらに、多機能型では、提供者が「その物が発明の実施に用いられることを知りながら」提供したという主観的要件が加わります。この「悪意」は、特許権者からの警告書の送付や訴訟提起によって立証されることが一般的です 。   

カテゴリ専用品型 (Dedicated-Use Type)多機能型 (Multi-Function Type)
該当条文101条1号(物)、4号(方法)101条2号(物)、5号(方法)
客観的要件「その発明の実施にのみ用いる物」「その発明による課題の解決に不可欠なもの」
司法的解釈柔軟:経済的・実用的な用途を考慮。認定率が高い (83%) 厳格:発明の核心的課題解決への貢献を要求。認定率が低い (47%) 
主観的要件不要必要:侵害の事実を知っていること(悪意)

この司法判断の傾向は、特許戦略に明確な示唆を与えます。特許出願の段階で、発明のキーとなる部品を、可能な限りその発明に特化した「専用品」としてクレームや明細書で特徴づけることができれば、将来の間接侵害による権利行使の成功確率を格段に高めることができるのです。

他方で、この傾向は、汎用部品やモジュール部品を供給する産業に影響を与える可能性も秘めています。多機能型間接侵害のリスクを避けるため、部品メーカーが特定の市場への供給に消極的になることも考えられ、結果としてモジュール化による技術革新の速度に影響を及ぼすこともあり得るでしょう。

近年の重要判決とプロパテント政策の潮流

日本の知的財産政策は、2000年代以降、一貫して特許権保護を強化する「プロパテント」の方向に進んできました。この流れを象徴するのが、知的財産高等裁判所の設立と、近年の画期的な判決の数々です。

デジタル時代の属地主義の再定義:ドワンゴ大合議判決と「生産」の機能的解釈

特許権の効力は、原則としてその国の中でのみ及ぶという「属地主義」は、特許制度の大原則です。しかし、インターネットとクラウドコンピューティングの普及は、この原則に大きな挑戦を突きつけました。サーバーが国外にあり、サービスだけが国内のユーザーに提供されるネットワーク型システムの発明は、日本の特許法で保護できるのか。この現代的な課題に司法が正面から向き合ったのが、令和5年の知的財産高等裁判所大合議判決、通称「ドワンゴ事件」です 。   

この事件の第一審では、システムの構成要素であるサーバーが米国内に存在するため、日本国内で発明の「生産」行為は行われていないとして、侵害は成立しないと判断されました 。これは、発明の構成要素すべてが物理的に国内で組み合わされて初めて「生産」にあたるという、伝統的で厳格な解釈に基づくものでした。   

しかし、知財高裁大合議判決は、この判断を覆しました。そして、ネットワーク型システムの発明については、「生産」の概念を物理的な組み立て行為から、機能的な価値の創出行為へと再構築する、画期的な判断を示したのです 。   

具体的には、たとえサーバー等の構成要素の一部が国外にあっても、①国内の端末と国外のサーバー等が連携して一体として機能するシステムが構築され、②そのシステム全体が事業者の管理・支配のもとに、国内のユーザーにサービスを提供しているような場合には、システム全体の「生産」が日本国内で行われたと評価できる、という新たな基準(総合考慮説)を打ち立てました 。これは、物理的なモノの所在場所よりも、誰がシステムをコントロールし、どこで経済的価値が実現されているかを重視する考え方であり、事実上、「生産」と「使用」の境界を曖昧にしつつ、デジタル時代の発明の実態に合わせて法の解釈を適合させたものといえます 。   

この判決は、海外にサーバーを置くことで日本のシステム特許の侵害を回避しようとするビジネスモデルのリスクを根本的に変えました。SaaSやオンラインゲーム、各種プラットフォームサービスを提供するグローバル企業は、日本市場でサービスを提供する以上、そのシステム全体が日本の特許権の対象となりうることを前提とした事業展開と知財戦略の見直しを迫られています。

プロパテント政策の加速:知財高裁の役割と損害賠償額の増額傾向

ドワンゴ事件判決にみられる司法の積極的な姿勢は、日本の国家戦略としてのプロパテント政策の潮流と軌を一にしています。2002年の知的財産基本法の制定を皮切りに、日本は知的財産を経済成長のエンジンと位置づけ、その保護・活用を推進してきました 。   

この政策の司法面における中核を担うのが、2005年に設立された知的財産高等裁判所です 。専門性の高い裁判官が知財事件を集中的に扱うことで、審理の迅速化と判断の安定化を図り、国内外に対して日本の知財保護への強い意志を示す役割を果たしてきました 。   

このプロパテント政策の具体的な成果は、特許権侵害に対する損害賠償額の増額傾向にも表れています。特に、損害賠償額の算定方法を見直した令和元年の特許法改正以降、高額な賠償を命じる判決や、高額な和解が成立するケースが増加しています 。統計によれば、法改正後、判決で1億円以上の賠償が認められた件数の割合は、改正前と比較してほぼ倍増しています 。例えば、美容ローラーに関する特許権侵害事件では、知財高裁が第一審の約1.1億円の賠償額を大幅に増額し、約4.4億円の支払いを命じるなど、権利者の逸失利益をより適切に評価する判断が下されています 。これは、令和元年の法改正が、ライセンス機会の喪失による損害なども考慮するよう定めたことと無関係ではありません 。   

特許権者のための戦略的インプリケーション

本稿で概観したように、日本における特許権の保護と行使を巡る法環境は、特許権者にとって追い風が吹いている状況にあります。均等論においてはマキサカルシトール事件判決によって予測可能性が高まり、ネットワーク型発明についてはドワンゴ事件判決が国境を越えた権利行使の道を開きました。さらに、損害賠償額の増額傾向は、特許権の経済的価値を裏付けています。

しかし、この環境を最大限に活用するためには、これまで以上に高度で先見的な知財戦略が不可欠です。出願段階では、将来の均等論や間接侵害訴訟を見据えたクレームドラフティングが求められます。権利行使の局面では、複雑化する法解釈を的確に適用し、自社の権利範囲を最大限に主張する緻密な論理構築が必要となります。

こうした複雑化する特許侵害の状況において、自社の権利が侵害されている可能性を早期に発見し、適切な対応を取ることが事業成功の鍵となります。株式会社IP Richでは、独自の調査手法を駆使して市場を監視し、貴社の特許を侵害する製品やサービスを特定する「特許侵害製品発見サービス」を提供しております。専門家による的確な分析で、貴社の貴重な知的財産を保護し、その価値を最大化するお手伝いをいたします。詳細は、こちらのリンク先をご覧ください: 特許侵害製品発見サービス

(この記事はAIを用いて作成しています。)

参考文献リスト

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  3. 均等論の第5要件に関する知財高裁大合議判決及び最高裁判決の検討, https://www.jpaa.or.jp/old/activity/publication/patent/patent-library/patent-lib/201610/jpaapatent201610_075-088.pdf
  4. 均等論第5要件に関する最高裁判決(マキサカルシトール事件), https://innoventier.com/archives/2017/03/3116
  5. マキサカルシトール事件最高裁判決が均等論実務に与える影響, https://jpaa-patent.info/patent/viewPdf/3830
  6. 均等論の最高裁判例~ボールスプライン軸受事件~, https://tokkyo-lab.com/co/kintouroun-toha
  7. 間接侵害について, https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/sangyo-kouzou/shousai/housei-shoi/document/04-shiryou/1308-015_07.pdf
  8. 特許法条約(PLT)への加入及び特許法等の一部を改正する法律案(平成26年法律第36号)について, https://www.inpit.go.jp/content/100867051.pdf
  9. 近時の知財高裁判決(間接侵害), https://www.jpaa.or.jp/old/about_us/organization/affiliation/chuuou/pdf/no22/no22-1.pdf
  10. 間接侵害における『発明による課題の解決に不可欠なもの』および『方法の使用に用いる物』の意義, https://www.jpaa.or.jp/old/activity/publication/patent/patent-library/patent-lib/200708/jpaapatent200708_022-033.pdf
  11. 特許法101条1号「のみ」要件が争われた事例 ―位置検出器及びその接触針事件―, https://www.ip-bengoshi.com/archives/1725
  12. 特許法第 101 条の間接侵害に関する裁判例の調査研究, https://jpaa-patent.info/patent/viewPdf/4437
  13. 最近の知財高裁判決(令和5年5月26日大合議判決), https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/sangyo-kouzou/shousai/tokkyo_shoi/document/50-shiryou/03.pdf
  14. コメント配信システム事件(ドワンゴ v. FC2), https://jpaa-patent.info/patent/viewPdf/4344
  15. 「ドワンゴ事件Ⅱ」知財高裁大合議判決の考察, https://jpaa-patent.info/patent/viewPdf/4343
  16. 【設樂】ドワンゴ大合議判決について, https://soei-law.com/law-topics/%E3%80%90%E8%A8%AD%E6%A8%82%E3%80%91%E3%83%89%E3%83%AF%E3%83%B3%E3%82%B4%E5%A4%A7%E5%90%88%E8%AD%B0%E5%88%A4%E6%B1%BA%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/
  17. 【知財高裁大合議】サーバーが国外にある装置の特許権侵害, https://www.ryuka.com/jp/news/topics/patent/28185/
  18. ボールスプライン事件とフェスト事件の比較考察, https://www.jpaa.or.jp/old/activity/publication/patent/patent-library/patent-lib/200605/jpaapatent200605_073-076.pdf
  19. 均等論第1要件に関する一考察, https://www.publication.law.nihon-u.ac.jp/pdf/property/property_13/each/07.pdf
  20. マキサカルシトール製法事件, https://www.tmi.gr.jp/uploads/2020/09/23/TMI_vol32.pdf
  21. 均等論第1要件の判断手法の変遷, https://jpaa-patent.info/patents_files_old/201701/jpaapatent201701_054-067.pdf
  22. 知財政策の転換, https://www.fukamipat.gr.jp/discusses/779/
  23. 知的財産高等裁判所の概要, https://www.courts.go.jp/ip/vc-files/ip/file/804.pdf
  24. 知財高裁の平成における歩みと今後の課題, http://www.tokugikon.jp/gikonshi/293/293tokusyu07.pdf
  25. 特許権侵害に対する損害賠償額は上昇傾向にある, https://www.patent.gr.jp/articles/p4064/
  26. 1.1億円 ⇒ 4.4億円 特許権を侵害した場合の損害額は高額化していくのか?, https://note.com/reishinishiwaki/n/ne73db7890756
  27. 均等論について判断した裁判例の概観, https://www.nakapat.gr.jp/wp-content/uploads/2019/07/4%E6%96%87%E6%9B%B8.pdf
  28. 知っておきたいソフトウェア特許関連判決(その 5), https://www.jpaa.or.jp/old/activity/publication/patent/patent-library/patent-lib/200508/jpaapatent200508_062-064.pdf
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