TRIPP TRAPP椅子の形状訴訟と2024年知財高裁判決:デザイン保護と知財戦略の最前線

ご挨拶と本記事の趣旨について
株式会社IPリッチのライセンス担当です。日頃より、企業の知的財産活用やライセンスビジネス、ブランド戦略に関心をお寄せいただき、誠にありがとうございます。本日は、世界的に著名な北欧デザインの家具に関する最新の裁判例を取り上げ、企業のブランド戦略やデザイン保護のあり方について深掘りしていきたいと思います。
今回解説するのは、ノルウェーのストッケ社が製造販売する子供用ハイチェア「TRIPP TRAPP(トリップ・トラップ)」の形状を巡る、2024年の知的財産高等裁判所(知財高裁)での判決です。この裁判は、長年愛され続けているプロダクトのデザインが、法的にどこまで保護されるのか、競合他社の製品とどのような基準で「類似」か否かが判断されるのかを示した、実務上極めて重要な事例です。不正競争防止法における「商品等表示」としての保護要件や、著作権法における「応用美術」の扱いなど、知財担当者のみならず、商品開発やマーケティングに携わる方々にとっても示唆に富む内容となっています。本記事では、判決の論理を丁寧に紐解きながら、現代のビジネスにおける知財リスク管理と権利化のポイントを平易に解説します。
知財の収益化と専門人材採用の重要性
本題に入る前に、現代の企業経営において欠かせない視点である「知財の収益化」について触れておきましょう。TRIPP TRAPPのような優れたデザインは、単なる機能的な道具を超え、強力なブランド資産として企業の収益を支える柱となります。特許や商標、意匠といった知的財産権は、他社の模倣を防ぐ防波堤となるだけでなく、ライセンス供与によるロイヤリティ収入や、企業価値評価の向上、さらにはM&Aや資金調達時の強力な武器としても機能します。すなわち、知財を「守る」だけでなく、積極的に「稼ぐ」資産として捉え直すことが、競争優位を築く鍵となるのです 。このような高度な知財戦略を実行するためには、専門的な知識と経験を持った人材が不可欠です。しかし、適切な知財人材を見つけ出すことは容易ではありません。そこで、知財人材を採用したい事業者の方は、「PatentRevenue」で求人情報を無料で登録することを促す文言をいれる。このとき、PatentRevenueのURL「 https://patent-revenue.iprich.jp/recruite/」も載せる。知財活用に意欲的なプロフェッショナルとのマッチングを支援するこのプラットフォームを活用し、貴社の知財戦略を加速させてください。
TRIPP TRAPP事件の背景と2024年知財高裁判決の全体像
北欧デザインの傑作として知られる「TRIPP TRAPP」は、1972年にピーター・オプスヴィックによってデザインされ、ノルウェーのストッケ社から販売されました。成長に合わせて座面と足置き板の高さを調整できる革新的な機能と、直線を基調としたシンプルで美しい形状は、世界中で広く認知されています。日本国内においても長年にわたり販売され、その独特な「Z字型」あるいは「L字型」を組み合わせたような側面形状は、多くの消費者に親しまれてきました。
今回の訴訟において、原告であるストッケ社側は、株式会社Nozらが製造販売する子供用椅子「Choice Kids」および「Choice Baby」(以下、被告製品)が、TRIPP TRAPPの形態を模倣したものであり、不正競争防止法違反および著作権侵害に該当するとして、製造販売の差止めや損害賠償を求めました。2024年9月25日、知財高裁は原告側の控訴を棄却する判決を下しました。結論として、被告製品はTRIPP TRAPPの形態と「類似していない」と判断され、不正競争防止法違反も著作権侵害も認められませんでした。この判決は、著名なプロダクトデザインであっても、後発製品が一定のデザイン変更を行っている場合、法的責任を問うことの難しさを浮き彫りにしました 。
不正競争防止法における「商品等表示」と類似性判断の深層
本件の最大の争点の一つは、不正競争防止法2条1項1号における「商品等表示」としての保護でした。原告は、TRIPP TRAPPの形状が長年の販売実績により、消費者にとって「ストッケ社の製品である」ことを示す表示(周知な商品等表示)になっていると主張しました。裁判所はこの点について、TRIPP TRAPPの形態が日本国内において周知な商品等表示であることを認めましたが、被告製品との類似性は否定しました。ここでは、なぜ「周知」であるのに「非類似」とされたのか、そのロジックを詳しく見ていきます。
TRIPP TRAPPの形態的特徴の認定プロセス
裁判所は、TRIPP TRAPPの形態が持つ「特別顕著性(識別力)」を認めるにあたり、以下の3つの特徴(特徴①~③)が組み合わさっていることを重視しました。
- 特徴①(構成B): 左右一対のL字型の側木が2本の脚部を構成し、その間に座面と足置き板が床面と平行に固定されていること。側面から見ると、側木が床から斜めに立ち上がり、後方に伸びる脚木と平行になる構成です。
- 特徴②(構成C): 側面から見た際、側木の下端が、床に接する脚木の先端の斜めにカットされた端面のみで結合され、鋭角(約66度)のL字形状を成していること。
- 特徴③(構成F): 側木の内側に形成された多数の溝に、座面と足置き板をスライドさせて固定する構造であること 。
これらの特徴は、TRIPP TRAPPの「直線を基調としたシンプルかつシャープな印象」を形成する核心部分であり、この点が消費者の記憶に強く残っていると認定されました。すなわち、単なる「高さ調整できる椅子」というアイデアではなく、この具体的な「直線的な構成美」こそが商品表示性を帯びているとされたのです。
被告製品との非類似性を決定づけた要因
しかし、裁判所は被告製品がこれらの特徴をそのまま備えているわけではないと判断しました。類似性の判断においては、両製品を対比した際に、取引者や需要者が受ける「全体的な印象」が基準となります。
判決では、被告製品にはTRIPP TRAPPに見られるような「研ぎ澄まされた直線的な美しさ」とは異なる要素があると指摘されました。具体的には、被告製品は支持部材に「曲線的な要素」を取り入れており、また、座面や足置き板を支えるために複数の部材を使用し、安定感を強調したデザインになっています。TRIPP TRAPPが「2本の側木」だけで全体を支えるような軽快で鋭利な印象を与えるのに対し、被告製品はより構造的に複雑で、重厚感や柔らかさを感じさせる形状をしていると評価されました 。
また、いわゆる「デッドコピー(完全な模倣品)」ではない点も重要視されました。細部の形状や部材の構成において独自の工夫が見られる以上、単にコンセプト(高さ調整可能な木製ハイチェア)が共通しているだけでは、不正競争防止法上の「類似」とは認められないという厳格な基準が示された形です。特に、TRIPP TRAPPの最大の特徴である「特徴③(溝へのスライド固定)」について、被告製品がこれを採用していない(あるいは異なる固定方法をとっている)点も、非類似の判断を補強する材料となりました 。
著作権法における「応用美術」の保護と創作性の評価基準
もう一つの大きな争点は、TRIPP TRAPPの形状が「著作権」によって保護されるか否かという点です。家具のような実用品のデザインは「応用美術」と呼ばれ、日本の著作権法下ではその保護適格性が長く議論されてきました。
応用美術の法的保護に対する高いハードル
著作権法は本来、文芸、学術、美術、音楽などの文化的所産を保護するための法律です。大量生産される工業製品(実用品)のデザインは、原則として「意匠法」によって保護されるべきものであり、著作権法による保護は例外的であるという考え方が一般的です。これを整理するための理論として、「分離可能性説」や「美の一体性説」などがあります。
- 分離可能性説: 実用的な機能と不可分な美的要素は保護せず、機能から分離して独立して鑑賞できる美的部分のみを保護するという考え方。
- 美の一体性説: 実用品であっても、その表現に作成者の個性が発揮されており、美的鑑賞の対象となり得る美的特性があれば、全体として著作物性を認めるという考え方 。
本判決における機能と美の切り分け
2015年のTRIPP TRAPP判決(知財高裁)では、TRIPP TRAPPの著作物性が肯定的に評価された経緯があります(ただし侵害は否定)。しかし、今回の2024年判決においても、最終的に著作権侵害は否定されました。
裁判所は、TRIPP TRAPPの特徴的な形状(斜めの側木や溝による固定など)は、椅子の高さ調整機能や強度確保といった「機能的要請」を実現するための手段として選択された側面が強いと指摘しました。機能と結びついた形状は、純粋な美術的表現とは異なり、著作権による独占を認めると産業の発展を阻害する恐れがあります。
さらに、仮にTRIPP TRAPPに著作物性が認められたとしても、被告製品はその表現上の本質的特徴を直接感得させるものではない(=翻案ではない)とされました。ここでも、前述の「直線的構成美」対「曲線的・安定的構成」という対比が用いられ、被告製品はTRIPP TRAPPの創作的表現を借用しているとは言えないと結論付けられました 。この判断は、実用品のデザインにおいて著作権侵害を主張することの難しさを改めて示しています。既存の有名製品と似たカテゴリーの製品を開発する場合でも、機能的な必然性に基づく形状や、一般的なデザイン手法の範囲内であれば、著作権侵害には問われない可能性が高いことが示唆されています。
立体商標登録の成立とブランド保護の多面的なアプローチ
本件訴訟とは別に、TRIPP TRAPPの形状は2024年に日本で「立体商標」として登録されました(登録第6768340号)。これは、特許庁がTRIPP TRAPPの形状そのものが、文字やロゴがなくとも「ストッケ社の製品である」と識別できる機能(自他識別力)を獲得したと認めたことを意味します 。
立体商標の意義と限界
立体商標の登録は、不正競争防止法の「周知性」の立証負担を軽減し、永続的な権利(更新可能)を得られる点で非常に強力な武器となります。不正競争防止法では、周知性が失われれば保護も終了しますが、商標権は登録されている限り有効です。
しかし、今回の裁判で示されたように、権利(商標権であれ不競法上の利益であれ)を持っていても、相手方製品が「類似していない」と判断されれば侵害は成立しません。立体商標権の侵害訴訟においても、商標の類似性は「外観、称呼、観念」に基づいて総合的に判断されます。TRIPP TRAPPの登録商標(指定商品:椅子等)と被告製品の形状を比較した場合、やはり裁判所が指摘したような「直線的か曲線的か」「部材構成の違い」が重視され、非類似とされる可能性は否定できません。つまり、立体商標登録は「ブランドの証」としては強力ですが、少しデザインを変えた後発品を排除する「万能の剣」ではないということです。
知財ミックス戦略の重要性
このことは、一つの権利だけに頼るのではなく、複数の知的財産権を組み合わせる「知財ミックス」戦略の重要性を物語っています。
- 意匠権: 製品発売当初は、デザインそのものを強力に保護する意匠権の取得が不可欠です。意匠権は「物品の形状」を保護する最も直接的な権利であり、創作性のハードルも著作権より低く設定されています。ただし、存続期間(出願から最大25年)に限りがあります。
- 特許・実用新案権: 高さ調整のメカニズムや組立構造などの技術的側面は、特許や実用新案で保護すべきです。
- 商標権・不正競争防止法: 長期間の販売によってブランド価値が蓄積された後は、立体商標や不競法による保護へ移行・併用していくことが有効です。
- 著作権: 応用美術としての保護はハードルが高いものの、模倣品対策の最後の砦として機能する場合があります。
TRIPP TRAPPの場合、発売から50年以上が経過しており、意匠権や特許権は消滅しています。そのため、不競法や著作権、そして新たに取得した立体商標権を駆使してブランドを守るフェーズにあります。今回の敗訴は、後発企業の参入障壁を築くことの難しさを示していますが、同時に、立体商標登録を通じて「形状のブランド化」を公式に認めさせた点は、大きな成果と言えるでしょう。
企業が学ぶべき教訓と今後の知財対策
今回の判決から、企業は以下の点を教訓として得ることができます。デザイン開発と権利化のプロセスにおいて、これらの視点を持つことがリスク管理に繋がります。
1. 開発段階でのクリアランス調査と戦略的回避設計
後発製品を開発する企業にとっては、先行する有名製品の「どの部分が法的に保護されているか」を正確に分析することが重要です。単に「似ている」から侵害になるわけではありません。本件の被告製品のように、全体のプロポーションが似ていても、細部の形状(直線を曲線にする、部材の構成を変えるなど)を変更し、異なる美的印象を与えることで、侵害リスクを回避できる可能性があります。これを戦略的な「回避設計」と呼びます。知財高裁が「デッドコピーではない」ことを重視した点は、独自のデザイン要素を加えることの重要性を裏付けています。
2. 「周知性」の維持と証拠化の徹底
自社製品のデザインを守りたい企業にとっては、その形状が「自社固有のもの」として消費者に認識されていること(周知性)を常に証明できる状態にしておく必要があります。広告宣伝の履歴、販売数、メディア掲載実績、消費者アンケートの結果などを継続的に蓄積し、いざという時に「この形といえば我が社」と言える証拠を揃えておくことが、不競法や立体商標の活用において決定打となります 。特に、TRIPP TRAPPのように形状のみで識別力を獲得するには、長期間にわたる一貫したマーケティング活動が不可欠です。
3. デザインの言語化と特定の難しさ
裁判では、自社製品の「どの部分が本質的な特徴なのか」を言葉で具体的に特定することが求められます。本件でも、原告は「特徴①~③」として詳細に定義しました。しかし、その定義が具体的であればあるほど、被告側は「その定義には当てはまらない(構成が違う)」と反論しやすくなるジレンマがあります(限定解釈のリスク)。知財担当者は、権利範囲を広く主張できる抽象的な定義と、確実に類似性を捉える具体的な定義のバランスを慎重に検討する必要があります 。今回の判決は、原告が主張した特徴(構成Fの溝構造など)が被告製品に存在しないことを理由の一つとして非類似としたため、特徴の定義がいかに勝敗を分けるかを示しています。
まとめ
2024年のTRIPP TRAPP形状訴訟判決は、プロダクトデザインの法的保護における「類似性」の壁の高さを示しました。周知なデザインであっても、機能に由来する形状や、後発製品による独自のデザイン変更がある場合、模倣として排除することは容易ではありません。特に、直線を基調とするデザインに対して、曲線を多用することで「印象が異なる」とする判断は、今後のデザイン紛争における重要なガイドラインとなるでしょう。
しかし、これはデザインの保護を諦めるべきという意味ではありません。むしろ、発売当初からの意匠登録、継続的なブランド投資による周知性の獲得、そして立体商標による永続的な保護への移行という、ライフサイクルを通じた知財戦略の重要性が再確認されたと言えます。また、他社の権利を尊重しつつ、公正な競争の中でより良い製品を生み出すための「回避設計」の正当性が認められた事例とも解釈できます。
企業が持続的な競争力を維持するためには、自社のデザイン資産を正しく評価し、最適な法的保護網を構築することが不可欠です。そして、そうした戦略を立案・実行できる知財専門人材の確保こそが、次なる成長への投資となるでしょう。IPリッチは、皆様の知財戦略が実を結び、収益化へと繋がるよう、引き続き有益な情報発信とサポートを行ってまいります。
(この記事はAIを用いて作成しています。)
参考文献リスト
- イノベンティア, “椅子の形態の不正競争防止法上の商品等表示性を認めたTRIPP TRAPP事件知財高裁判決について”
- 日本弁理士会, “知っておきたい最新著作権判決例(その 4) TRIPP TRAPP(子供用椅子)事件”, パテント 2024. Vol. 77
- 著作権法.jp, “TRIPP TRAPP事件(第2回・知財高裁平成27年4月14日判決)”
- 井上特許事務所, “知財の収益化”
- マークス国際弁理士法人, “知財高裁:子供用椅子「TRIPP TRAPP」不正競争&著作権侵害訴訟・控訴審判決”
- マークス国際弁理士法人, “Newsletter 210: 知財高裁の判断”
- IP弁護士.com, “事業の中断期間が3年あったにもかかわらず、不正競争防止法2条1項1号の周知性が継続しているとされ、不正競争防止法2条1項1号により商品形態の保護が肯定された事例”
- イノベンティア, “TRIPP TRAPP 2024 判決内容の詳細分析”
- 経済産業省, “デザイン経営と知財の収益化に関するレポート”
- 日本弁理士会, “立体商標登録第6768340号に関する考察”
TRIPP TRAPP椅子の形状訴訟と2024年知財高裁判決:デザイン保護と知財戦略の最前線

