大森林事件と取引の実情 – 商標の類似性判断における市場のリアリティ

はじめに
株式会社IPリッチのライセンス担当です。
本記事では、商標実務において極めて重要な判例である「大森林事件」について、その詳細と現代ビジネスへの影響を解説します。商標の類似性判断は、単に「似ているか否か」という直感的なものではありません。最高裁判所が示した基準は、文字や読み方の類似に加え、「取引の実情」という市場のリアリティを深く考慮すべきであるというものです。これは、自社ブランドを守るため、あるいは他社権利を侵害しないために、経営者や知財担当者が必ず理解しておくべき「現場感覚」の法理です。本稿では、事件の経緯から法的論点、そして実務上の教訓までを網羅的に紐解きます。
知財の収益化と専門人材の重要性
知的財産権、とりわけ商標権は、単なる防御の盾ではありません。「知財の収益化」という観点において、商標はライセンスビジネスの中核をなす強力な武器となります。ブランドの認知度が向上すれば、他社に商標の使用を許諾(ライセンス)することで、在庫リスクを負うことなくロイヤルティ収入を得る収益モデルを構築可能です。しかし、ライセンス契約を結ぶ際や新規ブランドを立ち上げる際には、既存の商標権との抵触リスクを精緻に判断する高度な専門知識が不可欠です。市場における「取引の実情」を読み解き、安全かつ収益性の高い知財戦略を描くことができる人材こそが、企業の競争力を左右します。
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大森林事件の概要と争点となった「木林森」商標
本件は、商標の類似性判断において、伝統的な「外観・称呼・観念」の三要素に加え、「取引の実情」がいかに決定的な役割を果たすかを世に知らしめた記念碑的な判例です。
事案の構図は以下の通りです。
原告(上告人)は、「大森林」という登録商標(指定商品:せっけん類、歯磨き、化粧品等)を保有していました。一方、被告(被上告人)は、「木林森」という商標を使用した育毛剤を製造販売していました。これに対し、原告が商標権侵害であるとして、被告商品の販売差止め等を求めて提訴したのが事の発端です。
ここで問題となったのは、「大森林」と「木林森」が類似しているか否かという一点です。
一見すると、両者は全く異なる言葉のように思えます。「大森林(だいしんりん)」に対し、「木林森」は一見すると読み方が定かではありませんが、「木(き)・林(はやし)・森(もり)」という漢字の構成から成る造語めいた標章です。しかし、両者には共通して「森」や「林」という文字が含まれており、全体として「森林」や「樹木の集合」といったイメージを想起させる点では共通項がありました。
控訴審(原審)の判断と外観・称呼・観念の非類似
大阪高等裁判所における控訴審判決では、両商標は「類似していない(非類似)」と判断されました。そのロジックは、商標審査における伝統的な「三要素」に基づく形式的な比較に重点を置いたものでした。
- 外観(見た目)の比較:「大森林」は三文字、「木林森」も三文字ですが、構成する文字が異なります。「大」と「木」の違い、配列の違いから、視覚的に明確に区別できるとされました。
- 称呼(読み方)の比較:「大森林」からは「ダイシンリン」という音が自然に生じます。一方、「木林森」については、特定の定まった読み方は生じにくいものの、「キ・ハヤシ・モリ」や「モク・リン・シン」などの読み方が想定されます。「ダイシンリン」とこれらを比較しても、音の響きにおいて紛らわしさはありません。
- 観念(意味)の比較:「大森林」は「大きな森林」という明確な意味を持ちます。対して「木林森」は、木が集まって林になり、森になるという構成を示唆するものの、直ちに「大森林」と同じ意味合い(観念)を生じさせるとまでは言えないとされました。
原審は、これら三要素を総合的に勘案した結果、需要者(消費者)が両者を混同するおそれはないとして、商標権侵害を否定しました。これは、机上での商標比較としては一定の合理性を持つ判断に見えました。
最高裁判決が示した「取引の実情」という判断基準
しかし、平成4年9月22日、最高裁判所第三小法廷は、この控訴審判決を破棄し、審理を大阪高裁に差し戻すという判断を下しました。最高裁は、原審が認定した「外観・称呼・観念」の非類似という事実認定そのものを否定したわけではありません。最高裁が問題視したのは、原審が**「取引の実情」についての具体的な審理を行わずに**結論を出してしまった点にあります。
最高裁が示した法理の核心は以下の通りです。
「商標の類否は、対比される両商標が同一または類似の商品に使用された場合に、商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきものである」とし、その判断にあたっては、「外観、観念、称呼等によって取引者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべく、しかもその商品の取引の実情を明らかにしうる限り、その具体的な取引状況に基づいて判断するのが相当である」と判示しました。
つまり、たとえ机上の比較で「見た目も音も違う」という結論が出たとしても、実際の売り場や流通経路において、消費者がどのようにその商品に接し、どのように選択しているかという「現実」を無視してはならないということです。もし、具体的な取引状況において両者が混同されるリスクが認められるならば、三要素が異なっていても商標は「類似する」と判断される余地がある、あるいはその逆もあり得るという柔軟かつ実務的な基準を強調しました。
「取引の実情」を構成する具体的な市場要素
最高裁が重視した「取引の実情」とは、抽象的な概念ではなく、ビジネスの現場における具体的な要素を指します。本件やその後の判例実務から読み取れる「考慮すべき具体的状況」には、以下のようなものが挙げられます。
- 販売チャネルと売り場の状況:商品はデパートのカウンターで対面販売されるのか、ドラッグストアの棚に陳列されてセルフサービスで選ばれるのか、あるいは通信販売なのか。例えば、本件の「育毛剤」と「石鹸・化粧品」は、同じ薬局や化粧品売り場で近接して販売されることが多いカテゴリーです。隣接して陳列される可能性があれば、見間違いによる混同のリスクは高まります。
- 需要者の属性と注意力の程度:購入者は一般消費者なのか、専門家(美容師や医師など)なのか。一般消費者が安価な日用品を購入する場合、詳細な観察を行わずに直感的なイメージや記憶で商品を選ぶ傾向があります。逆に、高額な専門機器であれば、細部まで確認するため混同は生じにくいと言えます。日用品や化粧品のような最寄品では、比較的注意力が散漫な状態で選択されることが「実情」として考慮されます。
- 商品に付随する広告やマーケティング:テレビCMやウェブ広告で特定の略称やイメージが流布している場合、正式名称よりもそのイメージが強く消費者の記憶に残ることがあります。
「木林森」と「大森林」のケースにおいて、もし需要者が育毛剤という商品の性質上、「森」や「林」という漢字から「髪が豊かに茂る」という共通の観念を強く抱き、かつドラッグストア等でこれらが並んでいたとしたらどうでしょうか。たとえ読み方が違っても、「あの森のマークの育毛剤」というような曖昧な記憶で再購入しようとした際、誤って「大森林」の化粧品(あるいはその逆)を手に取る可能性は否定しきれません。最高裁は、こうした具体的な市場のリアリティを検証せずに「非類似」と断じた原審の審理は尽くされていないと判断したのです。
氷山事件と大森林事件の法的系譜
大森林事件の判断枠組みは、突然生まれたものではありません。その源流には、昭和43年の最高裁判決である「氷山事件」が存在します。
氷山事件では、「氷山印(ひょうざんじるし)」という出願商標と、先行登録商標である「しようざん」の類似性が争われました。特許庁側は、「ヒョウザン」と「ショーザン」という称呼(音)の類似性を重視し、両者は類似すると主張しました。これに対し、最高裁は「硝子繊維糸」という特殊な工業製品の取引実情に着目しました。
この商品の取引者は専門家であり、商標の呼び方だけで商品を注文するようなことは行われず、現物や仕様を確認して取引が行われるという「実情」がありました。そのため、多少音が似ていても、プロの取引者が混同することはあり得ないとして、非類似(侵害ではない)との判断を下しました。
大森林事件は、この「氷山事件」で示された「取引の実情を考慮する」というルールを、一般消費者が対象となる商品(化粧品・育毛剤)の事例において再確認し、より強固な判例法理として定着させた点に意義があります。これにより、「形式的な三要素」よりも「実質的な混同のおそれ」が優先される実務が確立しました。
現代の類似性判断:中古車の110番事件に見る応用
この「取引の実情」と「全体的な考察」という基準は、現代の裁判例にも脈々と受け継がれています。その好例が、平成28年の「中古車の110番事件」です。
この事案では、原告の商標「中古車の110番(上部に『くるま』『ヒャクトーバン』のフリガナ)」と、被告の標章「車110番」の類似性が争われました。
一審の大阪地裁は、「中古車」という文字の観念が強いため、単なる「車」とは区別できるとして非類似と判断しました。しかし、大阪高裁はこの判断を覆し、商標権侵害を認めました。
高裁が重視したのは、やはり「実情」と「全体的な印象」です。
- フリガナの実効性:「中古車」のフリガナが「くるま」となっていたため、称呼としては「クルマノヒャクトーバン」となり、被告標章と極めて近くなります。
- 観念の共通性:「110番」という言葉が警察への緊急通報用電話番号として広く認識されている社会実情を踏まえ、両者ともに「車に関する緊急の連絡先や相談窓口」という観念が生じると認定しました。
このように、単に文字を並べて比較するだけでなく、「フリガナがどう読まれるか」「110番という言葉が社会でどう受け止められているか」という実情を加味することで、結論が逆転するケースは現在でも頻繁に起きています。
ライセンスビジネスにおける「実情」の戦略的活用
企業の知財担当者が「知財の収益化」を目指してライセンスビジネスを展開する際、大森林事件の教訓は極めて実践的なガイドラインとなります。
1. ライセンス契約の範囲設定とリスク管理
ライセンス契約において、商標の使用を許諾する際、「指定商品」の区分だけでなく、具体的な「販売チャネル」や「ターゲット層」を契約書で厳密に定義することが重要です。
例えば、高級ブランドの商標をライセンスする場合、「百貨店および直営店での販売に限る」とし、「量販店やディスカウントストアでの販売を禁止する」という条項を設けることは、ブランド価値の維持だけでなく、他社の類似商標との無用な紛争を避けるためにも有効です。もし他社が量販店向けに似た名前の廉価商品を販売していたとしても、自社ブランドが高級店限定であれば、「取引の実情が異なるため混同は生じない」という抗弁が可能になるからです。
2. 独占的許諾と非独占的許諾の使い分け
ライセンス収益を最大化するためには、「独占的通常実施権」を与えるか、「非独占的通常実施権」として複数社に許諾するかの判断も重要です。
- 独占許諾:ライセンシー(借り手)は競合がいないため投資しやすく、ブランド育成に本腰を入れてくれます。しかし、ライセンサー(貸し手)にとっては、その一社が失敗すれば収益が途絶えるリスクがあります。
- 非独占許諾:複数の企業にライセンスすることで、市場への露出を一気に増やし、収益源を分散できます。しかし、ライセンシー同士の過度な競争や、品質管理の難易度上昇により、ブランド毀損のリスクが高まります。どちらを選択する場合でも、市場における「取引の実情」を分析し、どのパートナーと組めば最も安全かつ効率的に収益化できるかを見極める必要があります。
商標権侵害リスクへの対応と和解交渉
逆に、自社が他社から「商標権侵害だ」と警告を受けた場合も、この「取引の実情」が防御の要となります。
警告書が届いたからといって、即座に販売を停止する必要があるとは限りません。まずは冷静に、相手方の商標と自社の商品が「実際に市場で混同されているか」を調査します。
- 相手の商品はプロ向けの業務用ではないか?
- 自社の商品は若年層向けで、相手は高齢者向けではないか?
- 価格帯に10倍の開きがあり、購買層が完全に分離していないか?
もしこれらの「実情」において明確な差異があれば、たとえ名前が似ていても「混同のおそれはない」と反論できる余地があります。最高裁が認めたこの理屈を武器に、和解交渉を有利に進めることが可能です。一方で、侵害が成立してしまうと、差止請求による商品の回収・廃棄、損害賠償請求、さらには刑事罰といった甚大な経営リスクに直面します。だからこそ、事前の調査と理論武装が不可欠なのです。
大森林事件が問いかける現代のブランディング
現代はECサイトやアプリでの購入が主流となり、「取引の実情」は物理的な棚からスマートフォンの画面へと移行しています。画面上ではサムネイル画像(外観)の重要度が増す一方で、検索キーワード(称呼・文字)の完全一致も重要になります。また、AIによるレコメンド機能が「類似商品」を提示する仕組みも、新たな「取引の実情」と言えるでしょう。
「大森林事件」が示した「形式的な比較ではなく、混同のリスクを実質的に判断せよ」というメッセージは、デジタル時代においてその重要性を増しています。企業は、自社のブランドが消費者にどう届いているかというリアリティを常に把握し、法的なロジックとビジネスの現場感覚を融合させた知財管理を行うことが求められます。
結論
大森林事件は、商標の類似性判断において「取引の実情」がいかに重い意味を持つかを確定させた重要な判例です。最高裁は、商標を机上の記号としてではなく、市場で流通する生きたビジネスツールとして捉える姿勢を司法に求めました。
事業者にとって、これはチャンスでもありリスクでもあります。既存の商標と多少似ていても、市場の棲み分けが明確であれば共存できる可能性がありますし、逆もまた然りです。知財の収益化やブランド保護を進める上では、この「現場のリアリティ」を加味した高度な判断が不可欠です。
株式会社IPリッチでは、こうした判例知識と実務経験に基づき、企業の知財価値最大化を支援しています。商標ライセンスや知財収益化にご関心のある方は、ぜひ専門家の知見を活用してください。
(この記事はAIを用いて作成しています。)
参考文献
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商標権侵害 ライセンス ビジネスメリット, https://ipmag.skettt.com/detail/license-business
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商標権侵害 リスク 回避 ライセンス 収益化, https://ipkeyperson.com/businesscolumn/trademark-risk/
他社の商標権を侵害した際に生じるリスク, https://ipkeyperson.com/businesscolumn/trademark-risk/


