「ファイトー、イッパーツ」が切り拓いた音商標の可能性と知財戦略

目次

はじめに:音商標がもたらす企業ブランディングの変革

株式会社IPリッチのライセンス担当です。

本記事では、2015年の商標法改正により新たに保護対象となった「音商標」について、その象徴的な登録事例である大正製薬株式会社の「ファイトー、イッパーツ」(登録第5804565号)を深く掘り下げて解説します。長年テレビCMを通じて親しまれてきたこのフレーズが、単なる広告コピーを超えて、なぜ法的な独占権を有する「商標」として認められたのか。その背景には、企業のブランド戦略における「聴覚情報」の重要性の高まりと、無形資産を知的財産として厳格に保護・活用しようとする法制度の進化があります。本稿では、音商標の登録要件や審査基準、他社の著名な登録事例(久光製薬、大幸薬品、エバラ食品など)との比較分析を通じて、音が持つマーケティング価値と、それを守り活かすための知財戦略について包括的に論じます。企業の知財担当者やマーケターの皆様にとって、見えない資産である「音」の価値を再認識し、自社の競争力強化につなげる一助となれば幸いです。

知財の収益化と企業の成長戦略における特許活用の重要性

本題である音商標の詳細な分析に入る前に、知的財産(IP)が企業経営にもたらす本質的な価値、とりわけ「収益化」の側面について触れておきましょう。商標が自社のブランド価値を守り、市場における信用を蓄積するための「守りの資産」であるならば、特許は技術的優位性を確保するだけでなく、積極的に収益を生み出す「攻めの資産」となり得ます。多くの日本企業において、多額の研究開発費を投じて取得した特許技術が、自社製品への実装のみにとどまり、あるいは事業方針の変更により活用されないまま眠っている「休眠特許」となっている現状があります。これらの知財をコストセンターとして放置するのではなく、外部へのライセンス供与や売却(譲渡)を通じてキャッシュフローを生み出す資産へと転換することは、現代の経営戦略において極めて重要です。

特に近年では、自前主義からの脱却が進み、オープンイノベーションの文脈で他社の技術を導入したいと考える企業が増加しています。自社では活用しきれない特許であっても、異業種の企業にとっては喉から手が出るほど欲しい技術である可能性も大いにあります。こうしたマッチングを成功させ、知財の収益化を実現するためには、専門的な知見とネットワークを持つプラットフォームの活用が不可欠です。もし貴社に活用されていない特許技術がある場合、あるいは知財を活用した新たな収益源の確保を検討されている場合は、ぜひ専門のサービスを活用して市場価値を問うてみてください。特許のライセンスや譲渡に興味がある方は、「PatentRevenue」に特許を無料登録してみてください。( https://patent-revenue.iprich.jp/recruite/ )

登録第5804565号「ファイトー、イッパーツ」の法的性質と登録の意義

商標登録の詳細と構成

2015年4月1日、日本の知財史における大きな転換点となる改正商標法が施行されました。この改正により、従来認められていた文字や図形に加え、「音」「色彩」「動き」などが新たに商標登録の対象となりました。この制度改正の初日に出願され、見事に登録を果たしたのが、大正製薬のリポビタンDのCMでお馴染みの「ファイトー、イッパーツ」です。

J-PlatPat(特許情報プラットフォーム)の情報によると、本商標(登録番号第5804565号)は、大正製薬株式会社を権利者として登録されています。その商標の構成は、単に文字として記録されているだけでなく、「『ファイトー』と聞こえた後に、『イッパーツ』と聞こえる構成となっており、全体で約5秒間の長さである」と詳細に定義されています。指定商品は第5類(薬剤等)および第32類(清涼飲料等)であり、まさに同社の主力商品である栄養ドリンクを保護するための権利です。

「使用による識別力」の獲得

この登録事例が実務上極めて重要である理由は、このフレーズが本来持っている「記述的な性質」を乗り越えて登録された点にあります。商標法第3条第1項第3号では、商品の品質や効能、用途などを普通に用いられる方法で表示する標章は、登録できないと定められています。「ファイトー」や「イッパーツ(一発)」という言葉自体は、活力を与えるという商品の効能や、一回で効くといった性質を暗示する一般的な語句であり、本来であれば特定の企業の独占使用を認めるべきではない「記述的商標」と判断される可能性が高いものでした。

しかし、大正製薬は1962年のリポビタンD発売以来、半世紀以上にわたり一貫してこのフレーズをテレビCM等で使用し続けました。断崖絶壁や激流の中での危機的状況を「ファイトー、イッパーツ」の掛け声とともに乗り越える演出は、国民的な共通記憶となっています。この長年の継続的な使用と莫大な広告宣伝活動の結果、消費者がこの音を聞いた瞬間に「大正製薬のリポビタンDである」と認識できる状態(周知性)に至ったことが立証されました。これは商標法第3条第2項に定める「使用による識別力(セカンダリー・ミーニング)」の獲得と解釈され、例外的に登録が認められたと考えられます。

音商標の多様な類型と他社の登録事例分析

「ファイトー、イッパーツ」以外にも、日本の消費者の耳に深く刻まれた「音」が数多く商標登録されています。これらの事例を比較・分類することで、音商標の戦略的な広がりが見えてきます。

1. メロディに言語が乗る「サウンドロゴ」型

最も一般的で分かりやすいのが、企業名や商品名をメロディに乗せて発話するタイプです。

  • 久光製薬「ヒ・サ・ミ・ツ」(登録第5804566号等):企業名を特定のメロディで読み上げることで、社名の認知度を高めると同時に、その独特の音階を独占しています。
  • 小林製薬「ブルーレットおくだけ」(登録第5712492号):商品名とその使用方法(置くだけ)をメロディに乗せた事例です。「ブルーレット、サワヤカナモリトハナノカオリ」といったフレーズも登録されており、商品特徴を音で訴求する戦略が徹底されています。
  • 味の素「あ・じ・の・も・と」(登録第5805582号):1999年から使用されているサウンドロゴで、社名のブランド想起を強化しています。
  • 伊藤園「おーいお茶」:商品名そのものを独特のイントネーションで発話する音商標です。単なる呼びかけではなく、特定の響きがブランドと結びついています。

2. 言語的要素を含まない「純粋な音楽・効果音」型

言葉を含まず、メロディや音色だけでブランドを識別させるタイプです。これは言語の壁を超えるため、グローバル展開において非常に強力な武器となります。

  • 大幸薬品「正露丸」のラッパのメロディ:旧日本陸軍の食事ラッパのメロディをモチーフにしたこの音は、文字や言葉を一切含みません。しかし、多くの日本人はこのメロディを聞いただけで「正露丸」を想起し、さらには「お腹の薬」というカテゴリーまでも連想します。これは日本初の「音楽的要素のみからなる音商標」の一つとして登録されました。
  • インテル(Intel Corporation):有名な「ボン・ボン・ボン・ボボン」というチャイム音(登録第5804312号等)は、世界中で共通のブランド資産として機能しています。PCのCMや起動時に流れるこの音は、製品の中にインテルのチップが入っていることを保証する「音の証明書」のような役割を果たしています。
  • BMW:CMの最後に流れる重厚な効果音(ダブル・ゴング音)も登録されています。高級感や先進性を音で表現し、視覚的なロゴが表示される前にブランドの世界観を伝達しています。

3. 普通名称を含む歌詞の独自性評価(エバラ食品の事例)

特筆すべき事例として、エバラ食品工業の「エ・バ・ラ、焼き肉のたれ」(登録第6039687号)があります。この商標の後半部分「焼き肉のたれ」は、指定商品そのものの普通名称です。通常、商品の普通名称は商標権の効力が及ばない範囲(自他商品識別力がない)とされます。しかし、特許庁は「エ・バ・ラ」という企業名と「焼き肉のたれ」という普通名称が、特定のメロディによって不可分に結合し、全体として独自の識別力を発揮していると判断しました。 この審査判断は、「歌詞(文字)」の内容だけでなく、「メロディ(音)」が加わることで、記述的な言葉であっても商標として保護され得ることを示しました。ただし、審査基準では「商品の特徴としての音」(例:炭酸飲料のシュワシュワという音)は原則として登録できないとされており、単に商品に関連する音を出願すればよいわけではありません。「エバラ」の事例は、独自のメロディラインが識別力の核心にあると認められた好例です。

音商標の審査基準と登録のハードル

音商標の登録は、文字商標に比べてハードルが高いのが現状です。特許庁の審査基準に基づき、特に以下の点が厳格に審査されます。

識別力の有無(商標法第3条第1項各号)

最も重要な要件は「自他商品識別力」です。消費者がその音を聞いて、特定の業務に係る商品であると認識できる必要があります。

  • 自然発生的な音の排除:商品が通常発する音(例:ピアノの打鍵音、バイクのエンジン音そのもの)は、商品の機能や性質に由来するため、原則として識別力がありません。ただし、ハーレーダビッドソンのように独特のエンジン音を商標として主張する動きも海外ではありましたが、一般的には困難です。
  • 単音やありふれた効果音:単純な「ピンポン」というチャイム音や、誰でも使用するような短い電子音は、特定の企業を識別できないため拒絶されます。
  • 楽曲としての認識:既存の有名なクラシック音楽やポピュラー音楽の長いフレーズをそのまま使用する場合、消費者はそれを「BGM」として認識してしまい、商標(出所表示)として認識しない可能性があります。商標として機能するためには、短く、印象的で、ブランドと結びついている必要があります。

商標の類否判断の難しさ

音商標における侵害判断(類否判断)は、視覚的な商標以上に複雑です。文字商標であれば外観・称呼・観念で比較できますが、音商標では「聴覚的な印象」が主たる判断材料となります。

  • メロディの類似性(音階、リズム、テンポ)
  • 音色や楽器の構成
  • 全体の雰囲気 これらを総合的に勘案し、需要者が聞き間違えるおそれがあるかどうかが判断されます。例えば、全く異なる歌詞であっても、メロディラインが「エ・バ・ラ、焼き肉のたれ」と酷似していれば、商標権侵害となる可能性があります。これにより、企業はブランドの「聴覚的なアイデンティティ」を法的に保護することが可能となりました。

ソニックブランディングの心理学的効果とマーケティング価値

「ファイトー、イッパーツ」や「正露丸」の事例が示すように、音は強力なブランディングツールです。これを戦略的に活用することを「ソニックブランディング(Sonic Branding)」と呼びます。

記憶への定着(Mnemonics)と無意識への訴求

人間は視覚情報(文字やロゴ)を認識するために意識的な注意を向ける必要がありますが、聴覚情報は意識のフィルターを通り抜け、脳に直接届く性質があります。これを「受動的聴取」といいます。 特にメロディやリズムに乗せた情報は、脳内の処理負担を軽減し、記憶に残りやすいという「イヤーワーム効果(音楽が耳について離れない現象)」を引き起こします。「ファイトー、イッパーツ」のリズミカルな掛け声は、数十年経過しても色褪せない記憶として消費者に定着しています。

感情の喚起とクロスモーダル効果

音は大脳辺縁系に作用し、感情や情動を直接的に喚起します。Intelのチャイム音は「信頼感」「先進性」を、正露丸のラッパ音は「懐かしさ」「安心感」を喚起します。また、視覚と聴覚が連動することで認知が強化される「クロスモーダル効果」も期待できます。テレビCMから目を離してスマホを見ていても、特定の音が聞こえるだけでブランドイメージが脳内で再生されるため、マルチタスク時代の消費者行動において極めて有効なタッチポイントとなります。

知財戦略としての音商標:防衛と活用の両輪

競合他社への牽制とブランド防衛

音商標を取得する最大のメリットは、競合他社によるフリーライド(ただ乗り)の防止です。もし「ファイトー、イッパーツ」が商標登録されていなければ、他社が類似の栄養ドリンクを販売する際に、似たような掛け声やリズムを使用しても、それを止めることは困難でした。不正競争防止法による保護を求める場合、その音が「著名」であることを原告側が立証せねばならず、膨大なコストと時間がかかります。 しかし、商標権として登録されていれば、権利者は「登録商標と同一または類似の音」を使用する第三者に対し、直ちに使用の差止や損害賠償を請求できます。権利の範囲が明確であるため、警告書一本で侵害行為を抑止できる可能性が高まります。

グローバル展開における統一性の確保

言語に依存しない「音」は、グローバル市場において強力な武器となります。日本語のキャッチコピーは翻訳によってニュアンスが変化してしまうリスクがありますが、IntelやBMWのような「音」は、世界中どこでも同じブランド体験を提供できます。日本企業が海外進出する際、現地の言語商標だけでなく、共通の音商標を取得しておくことで、国境を越えた統一的なブランドイメージを構築することが可能です。

結論:見えない資産を「収益」と「信頼」に変えるために

大正製薬の「ファイトー、イッパーツ」の音商標登録は、日本の知的財産制度において「音」という無形の要素が、企業にとって不可欠な財産権として認められたことを象徴する出来事でした。この事例は、長年の企業努力によって培われたブランドの認知度が、法律によって強力に保護されるべき資産であることを示しています。

現代の企業経営において、知的財産戦略は「特許による技術保護」という従来の枠組みを超え、商標によるブランド価値の最大化、そして休眠知財の収益化までを含めた包括的なマネジメントが求められています。音商標の取得は、ブランドを五感で守るための先進的な取り組みであり、他社との差別化を図る上で極めて有効な手段です。

同時に、企業内に眠る特許技術などの知的財産を「コスト」として抱え込むのではなく、「収益を生む資産」として再定義し、ライセンスや譲渡を通じて積極的に活用していく視点も欠かせません。自社の持つ「音」の価値を見直し、それを権利化すること。そして、眠っている「技術」を呼び覚まし、新たなビジネスチャンスにつなげること。この両輪を回すことこそが、知財立国日本における企業の成長エンジンとなるでしょう。

(この記事はAIを用いて作成しています。)

参考文献

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