トブラローネが直面した「スイスネス」の壁と立体商標の現在地:知財戦略の教訓

はじめに
株式会社IPリッチのライセンス担当です。
本記事では、世界的なチョコレートブランド「トブラローネ(Toblerone)」が直面している知的財産とブランディングの複合的な課題について、専門的な視点から詳細に解説します。トブラローネといえば、その象徴的な三角形の形状とマッターホルンのロゴで知られていますが、近年の生産拠点の移転に伴い、スイスの厳格な法規制「スイスネス法」の壁に直面し、パッケージデザインの変更を余儀なくされました。また、過去には英国のディスカウントストアとの間で、商品の形状と識別性を巡る鋭い法的紛争も経験しています。本稿では、これらの事例を深掘りし、立体商標の保護要件、原産地表示規制の影響、そしてブランド価値を維持するための知財管理の重要性を浮き彫りにします。企業の知財担当者やブランドマネージャーにとって、今後の戦略立案に役立つ示唆に富むケーススタディをお届けします。
知財の収益化と専門人材の重要性
現代のビジネス環境において、知的財産(IP)は単に「守るべき権利」から「収益を生み出す資産」へとその役割を大きく変貌させています。かつて知財部門は、特許出願や侵害訴訟への対応といった防御的な役割が主でしたが、現在では「知財の収益化」が経営の重要アジェンダとなっています 。保有する特許や商標を戦略的にライセンスアウトすることで新たなキャッシュフローを生み出したり、ブランド価値を担保に資金調達を行ったりする動きが加速しています 。トブラローネの事例もまた、形状というブランド資産がいかに収益の源泉となり、同時にその管理が収益性を左右する重大な要素であるかを示しています。このような高度な知財戦略を実行するためには、専門的なスキルを持った人材が不可欠です。そこで、知財人材を採用したい事業者の方々に向けてご案内があります。「PatentRevenue」では、即戦力となる知財専門人材の求人情報を無料で登録することができます。自社のIP戦略を強化し、収益化を推進するためのパートナーを見つけるために、ぜひ活用してください。 URL: https://patent-revenue.iprich.jp/recruite/
トブラローネの立体商標と起源:マッターホルンかダンサーか
トブラローネの最大の特徴である「三角形の連なり」は、単なるデザインを超えた強力なブランド資産として機能しています。この形状は立体商標として国際的に保護されており、世界知的所有権機関(WIPO)のデータベースでもその登録が確認できます(登録番号:WO0000000727788)。一般的に、商品の形状そのものを商標として登録することは、その形状が「機能的」であると見なされやすいため容易ではありません。しかし、トブラローネはその長年の使用実績と圧倒的な認知度により、形状そのものが商品の出所を表示する機能(識別性)を有していると認められ、クラス30(菓子類)において保護されています 。
この独特な形状の起源については、長らく「スイスの名峰マッターホルンを模したものである」と広く信じられてきました。実際に、パッケージには長年にわたりマッターホルンのイラストが描かれており、ブランドの象徴となっています 。しかし、創業者のテオドール・トブラ(Theodor Tobler)の息子たちが語ったとされる説によれば、実はパリのキャバレー「フォリー・ベルジェール(Folies Bergère)」でダンサーたちがフィナーレで見せた人間ピラミッドの形状からインスピレーションを得たものであるとも言われています 。
テオドール・トブラとその従兄弟であるエミール・バウマン(Emil Baumann)が1908年にこのチョコレートを開発した際、「トブラ(Tobler)」という名前と、イタリア語でヌガーを意味する「トローネ(Torrone)」を組み合わせて「トブラローネ(Toblerone)」と命名されました 。起源が山であれダンサーであれ、確かなことは、この「三角形のプリズム形状」が1909年に特許を取得して以来、100年以上にわたってブランドの核として機能し続けてきたという事実です 。しかし、この強固に見えるブランド資産も、近年の法規制の変化とグローバルな生産体制の見直しによって、大きな転換点を迎えることになりました。
「スイスネス法」の衝撃:生産拠点移転とブランド毀損のリスク
2023年、トブラローネのファンや知財関係者に衝撃が走りました。トブラローネのパッケージから、長年の象徴であった「マッターホルン」の山頂の絵が消え、より一般的な幾何学的な山のデザインに変更されることになったのです。さらに、パッケージ上の「Of Switzerland(スイスの)」という記述も「Established in Switzerland(スイスで設立)」へと変更を余儀なくされました 。
この変更の背景にあるのが、2017年に施行されたスイスの法律、通称「スイスネス法(Swissness legislation)」です。この法律は、「スイス製(Swiss Made)」やスイスの国旗、国章、象徴的な風景(マッターホルンなど)を製品に使用するための厳格な基準を定めています。スイスブランドの価値を便乗商法から守り、長期的な信頼性を維持することを目的としています 。
スイスネス法の下では、食品が「スイス産」を名乗るためには、以下の厳しい基準を満たす必要があります :
- 原材料の基準:製品重量の少なくとも80%がスイス産原材料であること。
- 乳製品の特例:ここがトブラローネにとって最大の障壁となりました。チョコレートを含む乳製品の場合、原料となる牛乳は100%スイス産でなければならないという、より厳しい基準が適用されます。
- 加工の場所:製品に本質的な特性を与える主要な加工工程がスイス国内で行われていること。
ただし、スイス国内で生産できない自然条件にある原材料(カカオ、コーヒー豆など)については計算から除外される例外規定が存在します 。しかし、牛乳はスイス国内で十分に調達可能であるため、この例外は適用されません。
トブラローネを展開する米菓子大手モンデリーズ・インターナショナル(Mondelez International)は、コスト削減と世界的な需要増に対応するため、生産の一部をスイスのベルンからスロバキアのブラチスラバにある工場(旧フィガロ工場)に移管することを決定しました 。この決定は、ビジネスの効率化という観点からは合理的ですが、知財・ブランディングの観点からは「スイスネス法」の基準抵触という代償を伴うものでした。
スロバキアで生産を行う以上、たとえ一部であっても「100%スイス産牛乳」や「主要工程のスイス国内実施」という厳格な要件を全体として満たし続けることが困難になります。その結果、トブラローネは法的に「スイスのチョコレート」として振る舞う権利の一部を失い、マッターホルンという強力な視覚的アイコンを手放さざるを得なくなったのです 。この事例は、グローバル企業がサプライチェーンを最適化する際、現地の法規制、特に原産地表示や地理的表示(GI)に関連する知的財産法規が、ブランド戦略に直接的な打撃を与えうることを示しています。「製造コストの削減」と「ブランド価値(スイス製というプレミアム)の喪失」というトレードオフは、多くのラグジュアリーブランドや地域ブランドが直面する現代的な課題です。
パウンドランドとの「ツインピークス」紛争:シュリンクフレーションと識別性
トブラローネの形状を巡っては、競合他社との間でも興味深い法的紛争が発生しています。2017年、英国のディスカウントストア「パウンドランド(Poundland)」が、「ツインピークス(Twin Peaks)」というチョコレートバーを発売しようとしました。この商品は、トブラローネに似た三角形の山が連なる形状をしていましたが、山が2つの頂点(ツインピークス)を持つデザインになっており、英国シュロップシャーにあるレキン(The Wrekin)の丘を模していると説明されていました 。
モンデリーズ側はこれをトブラローネの立体商標権の侵害であるとして提訴しました。これに対しパウンドランド側は、非常に興味深い法的な反論を展開しました。彼らは、「トブラローネの形状商標はもはや無効である」と主張したのです 。
その根拠としてパウンドランドが挙げたのが、モンデリーズ自身が行った「シュリンクフレーション(実質値上げ)」です。モンデリーズは2016年、英国のEU離脱(ブレグジット)決定後のポンド安による原材料費の高騰を理由に、英国で販売するトブラローネの山の数を減らし、山と山の間隔を大幅に広げる変更を行いました 。この変更は消費者から「自転車スタンドのようだ」と揶揄されるなど、大きな反発を招きました 。
パウンドランドは、この変更を逆手に取り、「オリジナルのトブラローネ自体が形状を変更し、消費者の不評を買ったことで、商標としての識別性(Distinctiveness)が失われた(または放棄された)」と主張しました。つまり、権利者自らがブランドの特徴的な形状を毀損したため、もはやその形状は保護に値しないという論理です 。彼らは、トブラローネの登録商標(12個の山がある形状)はもはや市場に存在せず、現在の製品(間隔が広い形状)とは異なると指摘しました。
最終的に両社は和解し、パウンドランドはパッケージと形状を変更することで合意しましたが 、この事件は「コスト削減のための製品仕様変更が、商標権の効力を弱めるリスクになり得る」という重要な教訓を法務・知財担当者に残しました。ブランドのアイデンティティである形状を変更することは、単なる製品リニューアルにとどまらず、知的財産権の基盤を揺るがす可能性があるのです。
キットカットとの比較:機能性と獲得された識別性の壁
立体商標を語る上で、トブラローネと頻繁に比較されるのがネスレの「キットカット(KitKat)」です。キットカットもまた、4本のバーが連なる形状の商標登録を目指しましたが、英国およびEUの裁判所で苦戦を強いられ、最終的にEU全体での商標権を認められないという判断が下されました 。
なぜトブラローネの形状は商標として認められやすく、キットカットは認められにくいのでしょうか。そこには「機能性」と「獲得された識別性」という2つの大きな法的壁があります。
第一に、**「機能性の排除」**です。商標法では、その形状が「技術的な効果を得るために不可欠な場合(機能的な形状)」は登録できません。例えば、割りやすくするための溝や、製造上の理由で決まる形状などは機能的と見なされる可能性があります 。キットカットの場合、その形状(台形のバーが並んだ形)は、ウエハースをチョコレートでコーティングし、分割しやすくするという「技術的機能」に由来する部分が大きいと判断されました。一方、トブラローネの三角形は、チョコレートを割る機能というよりは、ユニークなデザイン(あるいはマッターホルンやダンサーの模倣)としての側面が強く、機能性のみによって決定された形状ではないと判断されやすい傾向にあります 。
第二に、**「獲得された識別性」**です。機能的な形状でないとしても、立体商標が登録されるには、消費者が「その形を見ただけでどこの商品か分かる」状態(使用による識別性の獲得)が必要です。キットカットの裁判では、消費者がパッケージのロゴ(KitKat)ではなく、形状そのものだけでネスレ製品だと認識しているかどうかが厳しく問われました 。さらにEU商標の場合、EU加盟国「すべて」において識別性を獲得していることを証明する必要がありますが、キットカットはベルギー、アイルランド、ギリシャ、ポルトガルなどの一部の国で十分な証拠を提示できませんでした 。
対照的にトブラローネは、その特異な三角形が他のチョコレートバーと明確に異なり、長年の独占的な使用実績があるため、広範な地域で識別性が認められやすい状況にありました。しかし、パウンドランドの事例が示したように、この識別性も永遠のものではありません。製品デザインの変更や類似品の出現によって、その強固な権利も揺らぐ可能性があるのです。
現代の知財戦略における教訓:ブランド価値と法規制の狭間で
トブラローネの一連の事例は、現代の知的財産管理における複合的な課題を浮き彫りにしています。
まず、**「原産地とブランドの不可分性」**です。スイスネス法のような厳格な原産地規制がある場合、生産拠点の移転は単なるロジスティクスの問題ではなく、ブランドの視覚的アイデンティティ(マッターホルンのロゴなど)の喪失に直結します。知財担当者は、サプライチェーンの変更が商標や表示規制に与える影響を事前に、かつ詳細にリスク評価する必要があります。特に「100%」といった絶対的な数値を要求する規制においては、わずかな変更が法的なステータスを大きく変えてしまう可能性があります。
次に、**「権利維持と製品戦略の整合性」**です。パウンドランド事件での「シュリンクフレーションによる識別性の喪失」という主張は、マーケティングや製造部門の決定(コストダウンのための形状変更)が、法的な権利の基盤を揺るがす可能性があることを示唆しています。知財部門は経営層に対し、製品の物理的な変更が商標権に及ぼすリスクを警告し、ブランドの一貫性を保つためのゲートキーパーとしての役割を担わなければなりません。
最後に、**「立体商標の強さと脆さ」**です。トブラローネの形状は強力な独占権を生み出しましたが、それは常に「機能性」や「識別性」の要件を満たし続ける努力の上に成り立っています。競合他社は常に、その形状が「機能的である(したがって誰でも使える)」あるいは「ありふれたものである」と主張し、独占権を崩そうと画策しています。
企業がグローバルに展開する中で、各国の法規制(スイスネス法のようなローカルな規制)と、国際的な商標戦略をどのように調和させるか。トブラローネの山頂が削られたパッケージは、そのバランスを取ることの難しさと、戦略的な知財管理の重要性を静かに、しかし雄弁に物語っています。
参考文献
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(この記事はAIを用いて作成しています。)

