【徹底検証】フィジェットスピナー特許の失効と真実:知財収益化の教訓と「400ドルの悲劇」の裏側

目次

はじめに

株式会社IPリッチのライセンス担当です。

本記事では、2017年に世界的なブームを巻き起こした「フィジェットスピナー(ハンドスピナー)」を題材に、知的財産権(知財)の維持と収益化の難しさ、そして特許戦略の重要性について深く掘り下げていきます。当時、多くのメディアが「特許維持費を支払えなかったために数億円の利益を逃した発明家の悲劇」としてキャサリン・ヘッティンガー氏の事例を報じました。しかし、専門的な視点で事実関係を紐解くと、そこには単なる「支払い忘れ」や「資金不足」だけでは語れない、特許制度の複雑な仕組みや権利範囲(クレーム)の解釈、そして特許存続期間の壁が存在していたことが見えてきます。本記事を通じて、表面的なニュースの裏にある知財の真実と、そこから得られるビジネス上の教訓を皆様と共有できればと思います。

知財の収益化と専門人材の重要性について

本題に入る前に、知財の維持と収益化というテーマに関連して、現代のビジネスにおける知的財産の重要性について少し触れておきましょう。フィジェットスピナーの事例が示唆するように、素晴らしいアイデアがあっても、それを適切な権利として維持し、収益に結びつける(マネタイズする)ことは容易ではありません。「知財の収益化」には、特許の出願・維持にかかるコスト管理だけでなく、市場のタイミングを見極める戦略眼や、ライセンス契約を締結するための交渉力が不可欠です。多くの企業が保有する「休眠特許」を如何にして利益に変えるかは、経営課題の核心部分と言えるでしょう。

こうした高度な知財戦略を実行するには、専門的な知識を持った人材が欠かせません。現在、知財活用を推進したいと考えている事業者の皆様に向けて、弊社では知財専門の人材マッチングサービスを展開しています。もし、貴社が知財の収益化を担う即戦力を求めているのであれば、ぜひ「PatentRevenue」をご活用ください。求人情報の登録は無料ですので、まずは下記URLより詳細をご確認いただければ幸いです。

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フィジェットスピナーの世界的ブームと特許の神話

2017年、シンプルな回転玩具である「フィジェットスピナー」が突如として世界中の子供たち、そして大人たちを魅了しました。アマゾンの玩具売上ランキングの上位を独占し、学校では授業の妨げになるとして持ち込み禁止令が出るほどの社会現象となりました 。市場規模は急速に拡大し、数十億ドル(数千億円)規模に達したとも言われています 。

この熱狂の最中、一つのストーリーが主要メディアによって大々的に報じられました。それは、フロリダ州在住のキャサリン・ヘッティンガー氏が、1990年代にフィジェットスピナーを発明し特許を取得していたものの、2005年に特許維持年金を支払うことができず、権利を放棄してしまったというものです 。

報道によれば、彼女は重症筋無力症を患っており、当時7歳だった娘と遊ぶためのおもちゃとして、また平和への願いを込めてこの玩具を考案しました 。彼女は1993年に特許を出願し、1997年に米国特許第5,591,062号(以下、’062特許)として登録されました 。しかし、大手玩具メーカーであるハズブロ社とのライセンス交渉が不調に終わり、経済的な困窮から約400ドルの特許維持費の納付を断念せざるを得なかったとされています 。

その結果、2017年のブーム到来時には彼女の手元に特許権は残っておらず、類似品を製造販売するメーカーからロイヤリティ(特許使用料)を受け取ることが一切できませんでした。「もしあの時400ドルを払っていれば、彼女は今頃億万長者だったはずだ」という論調で、この事例は「知財管理の失敗」や「発明家の悲劇」として広く認知されることになりました 。

しかし、知財のプロフェッショナルとしてこの事例を詳細に分析すると、一般的に語られているストーリーとは異なる「法的・技術的な真実」が浮かび上がってきます。メディアが作り上げた「神話」と、特許法上の「現実」には大きな乖離が存在するのです。

米国特許第5,591,062号の権利範囲と現代版との技術的差異

まず検証すべきは、ヘッティンガー氏が取得していた特許(’062特許)が、2017年に流行した現代版フィジェットスピナーを本当にカバーしていたのか、すなわち「権利範囲(スコープ)」の問題です。特許権の効力は「特許請求の範囲(クレーム)」に記載された文言によって厳格に定義されます 。

ヘッティンガー氏の発明の構造

‘062特許の明細書および図面を確認すると、彼女の発明は「指の上で回転させる玩具」である点は共通していますが、その構造は現代のフィジェットスピナーとは大きく異なります 。

比較項目ヘッティンガー氏の特許 (‘062)現代版フィジェットスピナー
回転機構ドーム状の突起と指の接触によるバランス回転高性能ボールベアリングによる低摩擦回転
中心部指を置くための「本質的に球形のドーム」ボールベアリング(内輪・外輪・ボール)
構造バランス用のスカートとドームが一体成型ベアリングと本体(プロペラ状)が別部品
回転特性ゆらゆらとバランスを取る(フリスビー的)高速かつ長時間安定して回転する(ジャイロ的)

クレーム解釈と非侵害の可能性

特に重要なのは、現代のフィジェットスピナーの核心技術が、中心部に配置された「ボールベアリング」にある点です 。これにより、摩擦を極限まで減らし、長時間滑らかに回転させることが可能になります。一方、ヘッティンガー氏の特許クレーム(請求項2)では、指を置く中心部分は「本質的に球形のドーム(essentially spherical dome)」であり、スカート状のバランス手段と「一体化(unitized)」されていると定義されています 。

知財専門家の多くは、仮にヘッティンガー氏の特許が2017年時点で有効だったとしても、現代のフィジェットスピナーがその特許権を侵害していると認定される可能性は極めて低いと分析しています 。特許侵害を立証するには、対象製品が特許クレームの構成要件をすべて満たしている必要があります(オールエレメントルール)。現代のスピナーには「一体化されたドーム」がなく、代わりに「ベアリング」という全く異なる機構が採用されているため、文言侵害を問うことは困難です。

実際、ヘッティンガー氏自身も後のインタビューで、現代のスピナーと自身の発明の直接的なつながりについては慎重な姿勢を見せており、特許弁護士ではないため断定は避けると述べています 。つまり、「400ドルを払っていれば大金持ち」という前提自体が、特許の技術的範囲という観点からは成立しない可能性が高いのです 。

特許存続期間の壁と2014年の失効

次に、時間的な側面、すなわち「特許の存続期間」について検証します。これが本事例における最大の誤解を生んでいるポイントかもしれません。メディア報道の多くは「2005年に権利放棄した」ことに焦点を当てていますが、仮に放棄しなかった場合どうなっていたかというシミュレーションが欠落しています。

米国特許法の改正と存続期間の計算

米国では1995年6月8日以降に出願された特許の存続期間は「出願日から20年」と定められています。一方、それ以前に出願され、1995年6月8日時点で存続していた特許については、「発行日から17年」または「出願日から20年」のいずれか長い方が適用されるという経過措置(URAA/GATT)がありました 。

ヘッティンガー氏の特許データに基づき計算すると以下のようになります 。

基準日付計算結果
出願日1993年5月28日出願日 + 20年 = 2013年5月28日
発行日1997年1月7日発行日 + 17年 = 2014年1月7日

上記のうち「長い方」が適用されるため、この特許の最大限の寿命は2014年1月7日までとなります 。

ブームとのタイムラグ

フィジェットスピナーのブームが到来したのは2017年です。つまり、仮にヘッティンガー氏が2005年の特許維持年金を支払い、その後も継続的に権利を維持していたとしても、その特許はブームが始まる3年前の2014年に、法の規定により期間満了で消滅していたことになります 。

特許権が消滅すれば、その技術はパブリックドメイン(公共の財産)となり、誰でも自由に使用・製造・販売が可能になります。したがって、2017年のブーム時にメーカーが彼女にロイヤリティを支払う法的義務は、特許維持の有無にかかわらず発生しなかったというのが法的な真実です 。この「2014年の壁」は、感情的なストーリーの中で見落とされがちな、しかし決定的な事実です。

特許維持年金の負担と当時の経済的判断

「悲劇」というナラティブは法的には否定されましたが、それでも当時のヘッティンガー氏にとって特許維持費が重荷であったことは事実であり、個人の発明家が直面する現実的な課題を浮き彫りにしています。

2005年当時の維持費の実態

米国特許商標庁(USPTO)の手数料体系において、特許を維持するためには登録から3.5年、7.5年、11.5年の時点で維持年金(Maintenance Fee)を支払う必要があります。ヘッティンガー氏が支払いを断念したのは2005年、つまり登録(1997年)から約8年が経過する直前の「7.5年分」の維持年金でした 。

当時の手数料規定(2004-2005年頃)を確認すると、7.5年次の維持年金は「小規模エンティティ(Small Entity)」であっても1,000ドルを超える金額(約1,045ドル〜1,150ドル程度)であった可能性があります 。メディアで報じられた「400ドル」という金額は、実際の維持費よりも低く見積もられているか、あるいは当時の彼女の記憶に基づく概算、もしくは納付遅延に対する追加手数料(Surcharge)のみを指している可能性もあります 。いずれにせよ、経済的に困窮していた彼女にとって、数百ドルから千ドル単位の出費は、生活を圧迫する大きな負担でした 。

ハズブロ社との交渉決裂と市場性

特許維持の判断において重要なのは、その特許が将来的に収益を生む見込みがあるか否かです。ヘッティンガー氏は大手玩具メーカーのハズブロ社にプロトタイプを持ち込み、テスト販売まで行われましたが、最終的にハズブロ社は「商品化しない」という判断を下しました 。

大手企業による不採用通知は、個人の発明家にとって「市場性がない」という宣告に等しく響きます。収益化の目処が立たず、自身の生活も苦しい中で、高額な維持費を支払い続けることは、経済合理性の観点からは非常に困難な決断でした 。結果としてブームは訪れましたが、2005年の時点での「放棄」という判断は、当時の情報と状況に基づけば決して不合理なものではなかったと言えます。

クラウドファンディングへの挑戦と市場の反応

2017年のブーム到来後、ヘッティンガー氏はただ嘆くだけではありませんでした。彼女は自身の考案した「Classic Fidget Spinner」を復刻させるために、Kickstarterでクラウドファンディングキャンペーンを立ち上げました 。

このプロジェクトは、現代のベアリング式スピナーとは異なる、彼女のオリジナルデザイン(ドーム型)を製品化しようとするものでした。キャンペーンページでは、彼女の発明の経緯や、平和への願いが語られました 。しかし、資金調達の結果については情報が錯綜しており、「目標額に達しなかった」とする報道もあれば、「60%まで到達した」とする情報もあります 。一部の支援者からは、彼女のオリジナルデザインが現代のスピナーの「快感(スムーズな回転)」とは異なるとの指摘もありました 。

それでも、この行動は彼女が単なる「被害者」ではなく、自身の発明に対する情熱を持ち続け、新たな手段で市場にアプローチしようとした起業家精神の持ち主であることを示しています。知財権が消滅した後でも、「発明者」としてのストーリー自体には価値があり、それをブランド化しようとする試みは現代的な収益化のアプローチの一つと言えるでしょう。

知財収益化に向けた戦略的視点と教訓

フィジェットスピナーの事例は、特許の「維持・放棄」という単純な二元論を超えて、私たちに多くの教訓を与えてくれます。

1. 将来を見据えたクレーム作成の重要性

特許を取得する際は、現在の実施形態だけでなく、将来的な技術の発展や設計変更を予見した広範なクレーム(権利範囲)を作成することが重要です。ヘッティンガー氏の特許が「ドーム状」という特定の構造に限定されていたことが、後のベアリング式スピナーをカバーできなかった一因です 。基本概念(手で回転させる玩具)を押さえつつ、実施例に縛られない抽象度の高いクレームを含めることが、強力な特許網の構築には不可欠です。

2. 市場タイミングと特許寿命の非同期性

技術や製品が市場でブレイクするタイミングは予測不可能です。フィジェットスピナーのように、発明から20年以上経ってからブームが来ることもあります。しかし、特許権には存続期間という絶対的な寿命があります。このギャップを埋めるためには、基本特許だけでなく、改良技術に関する特許を継続的に出願し、特許ポートフォリオの新陳代謝を図る「エバーグリーニング戦略」などが有効です。

3. ライセンス活動の難しさとパートナーシップ

ヘッティンガー氏はハズブロ社にアプローチしましたが、契約には至りませんでした。個人の発明家が大手企業と対等に交渉し、ライセンス契約を勝ち取るには、単なるアイデアの提示だけでなく、市場調査データや製造コストの試算、試作品によるユーザー検証など、ビジネスとしての実現可能性を示す材料が必要です 。

4. 知財コストは「投資」であるという認識

維持費の支払いはコストではなく投資です。しかし、無限に投資できるわけではありません。知財担当者は、定期的に保有特許の棚卸しを行い、「現在収益を生んでいるか」「将来の事業計画に必要か」「競合他社の参入障壁となっているか」という観点から、維持すべき特許と放棄すべき特許を冷徹に選別する必要があります。これを「知財の棚卸し(IP Portfolio Pruning)」と呼びます。

おわりに

「フィジェットスピナーの発明家が400ドルで大金を逃した」というセンセーショナルな見出しは、人々の関心を引くための分かりやすいストーリーでした。しかし、その裏側には、特許の技術的範囲の限界や、存続期間という法的な壁が存在しており、仮に彼女が権利を維持していたとしても、2017年のブームから巨額の富を得ることは難しかったというのが冷静な分析結果です。

この事例は、知財管理における「維持費の支払い」という事務的な手続きの重要性を喚起すると同時に、それ以上に「どのような権利範囲で取得するか」「いつ市場に投入するか」「どのように収益化の道筋をつけるか」という戦略的な視点がいかに重要かを教えてくれます。

ビジネスにおける知財の成功とは、単に特許を持っていることではなく、それを市場のニーズと合致させ、法的保護期間内にビジネスモデルとして確立させることにあります。私たちIPリッチは、皆様が保有する知的財産が「悲劇」ではなく「成功」の物語を紡げるよう、人材と戦略の両面からサポートを続けてまいります。

参考文献

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