青い箱と赤いソール:色彩と位置が織りなすブランド商標の法的保護と戦略

はじめに
株式会社IPリッチのライセンス担当です。
ブランドにとって、ロゴや名称だけでなく、その商品を一目見ただけで「どこのブランドか」を認識させる視覚的要素は極めて重要な資産です。特に「色彩」や「位置」といった「新しいタイプの商標」は、言語の壁を超えた強力な識別力を持ち、消費者の購買意欲を瞬時に喚起する力を持っています。本記事では、世界的なラグジュアリーブランドであるティファニー(Tiffany & Co.)の象徴「ティファニーブルー」と、クリスチャン・ルブタン(Christian Louboutin)の代名詞「レッドソール」を題材に、これらが世界および日本においてどのように商標として扱われているのかを詳細に解説します。
2015年に日本でも「色彩のみからなる商標」や「位置商標」の登録が可能となりましたが、その登録ハードルは極めて高く、特に単色の商標登録は至難の業とされています。本稿では、ルブタンが日本で直面した厳しい判決の背景にある法的論点や、各国の司法判断との比較、さらにはこれらの知財がいかにして企業の収益に貢献するかについて、約7,000字で深掘りしていきます。
知財人材の採用とPatentRevenueの活用
本題に入る前に、企業の知財戦略を支える人材について触れさせていただきます。高度なブランド戦略や複雑な商標管理を遂行するためには、専門的な知識と経験を持つ知財人材の確保が不可欠です。しかし、自社のニーズに合致したスキルを持つ専門家を見つけ出すことは容易ではありません。もし、優秀な知財人材を採用したいとお考えの事業者様がいらっしゃいましたら、ぜひ「PatentRevenue」をご活用ください。求人情報の登録は無料となっており、効率的なマッチングをサポートします。貴社の知財戦略を加速させる人材との出会いの場として、ぜひお役立てください。 URL: https://patentrevenue.com/
「ティファニーブルー」の歴史と色彩商標としての確立
ティファニーのブランドアイデンティティの中核を成す「ティファニーブルー」は、単なるパッケージの色を超え、幸福や洗練の象徴として世界中で認知されています。この独特なコマドリの卵の色(ロビンズエッグブルー)は、1845年に同社のカタログ「ブルーブック」の表紙に採用されて以来、ブランドの代名詞となりました。
米国における色彩商標の登録とパントン社との連携
米国において、ティファニーはこの色彩を強力な法的権利として確立しています。1998年、ティファニーブルーは米国で色彩商標として登録されました。さらに2001年には、世界的な色見本帳を提供するパントン社(Pantone)と提携し、この色を「1837 Blue」として標準化しました。この番号はティファニーの創業年である1837年に由来します。
特筆すべきは、パントン社のシステムにおいて、この「1837 Blue」が一般に公開されていない点です。これはティファニー専用のカスタムカラーとして厳格に管理されており、他社がこの特定の色コードを使用することはできません。この徹底した管理体制により、ティファニーはジュエリーボックス、ショッピングバッグ、広告など、あらゆる媒体で完璧に統一されたブランドカラーを再現し、消費者に対して一貫したブランド体験を提供し続けています。
米国商標法(ランハム法)において、色彩が商標として認められるためには、その色が製品の機能に不可欠(機能的)であってはならず、かつ長年の使用を通じて消費者の間で「その色といえばあのブランド」という二次的意味(Acquired Distinctiveness)を獲得している必要があります。ティファニーの事例は、色彩が単なる装飾を超えて出所表示機能を持つことを証明した代表的な成功例と言えるでしょう。
日本における「色彩のみからなる商標」の壁
一方、日本における状況はどうでしょうか。2015年の商標法改正により、日本でも「色彩のみからなる商標」の出願・登録が可能となりました。しかし、制度導入から数年が経過した現在でも、その登録ハードルは世界的に見ても極めて高い水準にあります。
日本でこれまでに登録が認められた色彩商標の事例は、トンボ鉛筆の消しゴム「MONO」の青・白・黒のストライプ模様や、セブン-イレブンの店舗看板の色彩など、複数色の組み合わせがほとんどです。単一の色彩(シングルカラー)については、特許庁の審査基準において「原則として識別力がない」とされており、登録に至ったケースは極めて稀、あるいは実質的に皆無に近い状況が続いています。
ティファニーブルーに関しても、日本国内で「色彩のみ」での商標登録を維持・行使することは容易ではありません。日本の特許庁(JPO)や裁判所は、色彩は本来誰もが自由に使用できるべき共有財産であり、特定の一企業に独占させることは市場の自由競争を阻害する(独占適応性がない)という考え方を強く持っているためです。そのため、多くのラグジュアリーブランドは、日本市場においては色彩単体での保護に固執するだけでなく、ロゴと組み合わせた図形商標や、箱の形状そのものを保護する「立体商標」などを併用し、重層的な知財保護網を構築する戦略をとっています。
「レッドソール」を巡るクリスチャン・ルブタンの国際的な法廷闘争
フランスの高級靴ブランド、クリスチャン・ルブタンの特徴である「レッドソール(赤い靴底)」は、ファッション界における最も有名な商標の一つです。このアイディアは1993年、デザイナーのルブタン氏が試作品の靴の黒いソールに物足りなさを感じ、隣にいたアシスタントが塗っていた赤いマニキュアを奪って靴底を塗りつぶしたという、偶然の閃きから誕生しました。
米国および欧州における司法判断の変遷
ルブタンはこのレッドソールを世界各国で商標登録し、模倣品に対する積極的な権利行使を行ってきました。その過程で、色彩や位置に関する商標の解釈を巡り、各国で注目すべき司法判断が下されています。
米国では、イヴ・サンローラン(YSL)が靴全体を赤色にした「モノクロームシューズ」を販売したことに対し、ルブタンが商標権侵害で提訴しました。2012年、連邦高等裁判所(第2巡回区)は、ファッション業界において単色が商標になり得ると認めつつも、ルブタンの権利範囲を「靴本体の色と対比される(コントラストをなす)赤色の靴底」に限定する判決を下しました。つまり、靴全体が赤い場合にはルブタンの権利侵害には当たらないが、黒やベージュの靴に赤いソールを組み合わせた場合には、ルブタンの商標権が及ぶという、バランスの取れた結論が導き出されました。
欧州でも重要な判決がありました。オランダのVan Haren社との訴訟において、欧州司法裁判所(ECJ)は2018年、レッドソールが「形状」の商標ではなく、「位置」の商標であるという見解を示しました。EUの商標法では「製品に実質的な価値を与える形状」は登録できないとされていますが、ECJはレッドソールが靴底という特定の位置に適用された色彩であり、形状そのものを保護対象とするものではないと判断しました。これにより、欧州においてもルブタンの商標の有効性が確認されました。
日本における「ルブタン対エイゾー」訴訟と敗訴の要因
欧米で一定の勝利を収めてきたルブタンですが、日本では苦戦を強いられました。ルブタンは、日本の靴メーカー「エイゾー(EIZO)」が赤い靴底のハイヒールを販売したことが、不正競争防止法違反(著名表示冒用行為など)にあたるとして訴訟を起こしました。また、特許庁に対してもレッドソールの商標登録(色彩のみからなる商標、あるいは位置商標的性質を持つもの)を求めて争いました。
2022年の東京地裁、およびその後の知財高裁の判決において、ルブタン側の請求は退けられました。この判決の論理構成は、日本の商標実務における「色彩」と「位置」の扱いの厳しさを象徴しています。
第一の理由は、「ありふれたデザイン」であるという点です。裁判所は、日本の市場においてルブタンの商品が広く流通する以前から、靴の美的効果を高めるために靴底を赤くすることは、他の事業者によっても行われていた一般的な手法であると認定しました。つまり、赤い靴底はルブタン独自の「出所表示」というよりも、商品の魅力を高めるための「デザイン手法」の一種であると判断されたのです。
第二の理由は、「混同の恐れ」の否定です。ルブタンの靴は一足8万円〜数十万円という高価格帯であるのに対し、エイゾーの靴は1万7千円程度と価格帯が大きく異なります。また、販売チャネルも百貨店のラグジュアリーフロアと一般的な靴売り場という違いがあります。裁判所は、高額な商品を購入する消費者は注意深く商品を選定するため、単に靴底が赤いというだけで両者を混同する可能性は低いと判断しました。
第三の理由は、「使用による識別力」の立証不足です。ルブタン側はアンケート調査の結果を証拠として提出し、赤い靴底を見れば多くの人がルブタンを想起すると主張しました。しかし、その認知度は約51.6%(特定の層に限れば高かったものの、全体としては過半数程度)にとどまりました。裁判所は、単色という本来識別力の弱い商標を特定企業に独占させるという「公益上の例外」を認めるには、この認知度では不十分であり、全国的な著名性を獲得しているとは言い難いと結論付けました。
日本の商標審査における「位置」と「色彩」の厳格な審査基準
日本の商標審査において、ルブタンの事例が示唆するものは大きいです。「新しいタイプの商標」として導入された色彩商標や位置商標ですが、その運用は非常に慎重です。
「位置商標」と「色彩商標」の境界
ルブタンのレッドソールは、靴底という特定の「位置」に付された色彩であるため、形式的には「位置商標」としての性格を持っています。しかし、その本質が「色」にある場合、日本の実務では色彩商標と同様の厳しい基準で判断される傾向があります。
特許庁の審査基準(Trademark Examination Guidelines)において、位置商標は「図形等が商品等の特定の位置に付される商標」と定義されていますが、単なる地色や模様と認識されるようなものは登録されません。また、色彩商標については、単色は原則として識別力を有しないと明記されており、使用による識別力(商標法第3条第2項)の立証が必須となります。
公益性と自由競争の確保
日本の審査において最も重視されるのが「公益性」です。色彩は本来、誰でも自由に使用できるべきものであり、特定の色を特定の商品について一社に独占させてしまうと、他社の自由な商品開発や市場参入を阻害する恐れがあります。これを「独占適応性がない」と表現します。
セブン-イレブンの看板配色やトンボ鉛筆のMONO消しゴムの場合、複数の色の「組み合わせ」と「配列」が非常に特徴的であり、長年の使用によって国民的な認知度を得ていたため、例外的に登録が認められました。しかし、ルブタンの「赤一色」の場合、競合他社もデザイン上のアクセントとして赤を使用するニーズが高いため、これを一社に独占させることへの弊害が大きいと判断されました。
この「公益性」の壁を突破するためには、単に有名であるだけでなく、「その色がなければそのブランドの商品とは認識できない」と言えるほどの圧倒的な識別力と、他社がその色を使用する必要性が低いこと(あるいは他社が使用していないこと)を証明する必要があります。
ブランド価値の向上と知財の収益化戦略
最後に、これらの事例を踏まえた「知財の収益化」という視点について考察します。
なぜティファニーやルブタンは、登録が困難であることを承知で、色彩や位置の商標保護にこれほどまでにこだわるのでしょうか。それは、これらの要素が強力な**ブランド・エクイティ(資産価値)**を形成し、直接的な収益の源泉となっているからです。
視覚的要素がもたらす経済的価値
消費者が「ティファニーブルーの箱」や「赤い靴底」を見た瞬間に感じる「高級感」「ステータス」「品質への信頼」は、言葉による説明を必要としません。この直感的な認識こそが、競合他社に対する圧倒的な優位性を生み出します。その結果、企業は商品に高い価格プレミアムを付加することが可能となり、高い利益率(収益性)を実現できます。
知財の収益化(マネタイズ)というと、特許や商標を他社にライセンスしてロイヤリティ(使用料)を得ることをイメージしがちです。しかし、自社のブランドを象徴する要素(色、音、位置、形状など)を法的に保護し、他社の模倣(フリーライド)を徹底的に排除することで「ブランドの希少性」を維持し、高単価での独占的な販売を継続することもまた、極めて重要な知財の収益化戦略です。
希釈化の防止と長期的な収益確保
ルブタンが世界中で訴訟を展開している目的は、単なる損害賠償金の獲得ではありません。「赤い靴底」という無形資産の価値が、安価な模倣品の氾濫によって陳腐化・希釈化(ダイリューション)することを防ぐためです。もし赤い靴底が「誰でも使えるありふれたデザイン」になってしまえば、ルブタンの靴が持つ「特別な価値」は失われ、将来にわたって生み出されるはずだった収益が損なわれてしまいます。
日本においては、単色の商標登録は依然として高いハードルがありますが、諦める必要はありません。意匠権による形状保護、不正競争防止法による形態模倣の排除、ロゴと組み合わせた商標登録など、複数の知的財産権を組み合わせた「知財ミックス」による保護を図ることが有効です。また、地道に使用実績を積み重ね、消費者の認知度を「著名」レベルまで高めることで、将来的には商標登録の道が開ける可能性もあります。
企業にとって知財は、単に「守る」ための盾ではなく、ブランドの価値を高め、継続的に「稼ぐ」ための強力なエンジンです。ティファニーやルブタンの事例は、視覚的要素という無形資産を戦略的に管理・活用することの重要性を、私たちに強く示唆しています。
参考文献リスト
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