2万円の報奨金と200億円の判決:青色LED訴訟が暴いた「1特許の本当の価値」

この「見えない資産」の価値を、日本中に、いや世界中に知らしめた劇的な事件があります。皆様もご存知の、「青色LED訴訟」です 。

この事件は、高輝度青色LEDを開発した発明者、中村修二氏が、元勤務先の日亜化学工業を訴えたものです。

多くの人は、この事件を「発明者 vs. 会社」のドラマとして記憶しています。日亜化学は、この歴史的な発明に対し、中村氏に報奨金としてわずか「2万円」しか支払いませんでした 。ノーベル賞級の発明の対価が2万円。確かに、これは衝撃的な事実です。

しかし、私たち戦略アドバイザーは、この事件をまったく別の角度から見ています。 私たちが注目すべきは、報奨金の2万円ではありません。東京地方裁判所が認定した、その発明の「本当の価値」です。

中村氏は、会社が支払った対価は不当に安いとして、発明の「相当の対価」を求めて訴訟を起こしました。そして2004年、東京地裁は驚くべき判決を下します。

「日亜化学は、中村氏に対し200億円を支払え」。

2万円だったものが、200億円になりました。なぜ、これほどまでに金額が跳ね上がったのでしょうか。その計算根拠こそ、経営者である皆様が知るべき、特許の「本当の価値」を示す「金融X線写真」なのです。

裁判所は、中村氏が発明した特許(通称404特許)が、日亜化学にどれだけの利益をもたらしたかを、冷徹に計算しました。

  1. 「独占の利益」の計算: まず裁判所は、日亜化学がこの特許を持つことで市場を独占し、どれだけの利益を上げたか(=独占の利益)を計算しました。日亜化学の青色LED関連の売上は約1兆2086億円でした。裁判所は、このうち半分が404特許によって守られており、もし他社にライセンスしていたら「20%」の実施料が得られたはずだと認定しました。 (計算式) 1兆2086億円 × 1/2(特許の貢献分) × 0.2(実施料率) = 約1208億円
  2. 「発明者の貢献度」の計算: 次に、この1208億円の利益を生み出すために、発明者である中村氏がどれだけ貢献したか(=発明者の貢献度)を計算しました。会社が反対する中で研究を続けたといった事情も考慮され、裁判所は中村氏の貢献度を「少なくとも50%」と非常に高く認定しました。
  3. 「相当の対価」の最終計算: 最後に、この2つを掛け合わせ、発明者が受け取るべき「相当の対価」を算出しました。 (計算式) 1208億円(独占の利益) × 0.5(発明者の貢献度) = 約604億円

これが、裁判所が算出した「発明の価値」です。東京地裁は、この604億円のうち、中村氏が請求した200億円の支払いを満額で認めたのです。

会社が「2万円」と見積もった資産の価値を、裁判所は「604億円」と算定しました。その差は、実に300万倍以上です。

最終的に、この裁判は東京高等裁判所での和解勧告を経て、日亜化学が約8億4000万円(関連する他の特許なども含む)を支払うことで決着しました。

和解額が200億円から減ったことを「価値が下がった」と見るのは早計です。重要なのは、会社側が「2万円」と主張していた価値が、最終的に「8億4000万円」という巨額の支払いで決着した事実です。この事件は、特許という「見えない資産」が、法廷闘争において「数十億円、数百億円」の金銭的価値を持つことを、日本中の企業に突きつけました。

目次

100億円の請求:フラッシュメモリ訴訟が問う「基幹技術の資産価値」

青色LED訴訟と同時期に、もう一つの「見えない資産」の価値を問う裁判が行われていました。NAND型フラッシュメモリの発明者、舛岡富士雄氏が、元勤務先の東芝を訴えた裁判です。

私たちが今、スマートフォンで写真を撮り、USBメモリでデータを持ち運び、クラウドストレージにファイルを保存できるのは、すべて舛岡氏の発明のおかげです。まさに、現代のデジタル社会を根底から支える基幹技術です。

舛岡氏もまた、会社(東芝)からの報奨に納得できず、発明の対価を求めて訴訟を起こしました。彼が東芝に求めた金額は、実に「100億円」です。

この訴訟も、最終的には2006年に「東芝が舛岡氏に8700万円を支払う」という形で和解が成立しました 。

青色LEDの「8.4億円」、フラッシュメモリの「8700万円」。 これらの事件は、世間では「かわいそうな発明者」と「冷酷な大企業」というドラマとして消費されました。

しかし、戦略アドバイザーとして、私は皆様にまったく異なる視点を提供しなければなりません。 これらの訴訟の本質は、「発明者への報酬が少ない」ことではありません。 本質は、**「企業自身が、自社で生み出した資産の『本当の価値』を完全に見誤っていた」**という、経営上の重大な失敗です。

日亜化学も東芝も、自社の金庫の中に「数百億円」あるいは「数千億円」の価値を持つ資産があることに気づいていませんでした。その価値を、法廷という場で初めて「外部から」指摘されたのです。

ここで、経営者であるあなたに、最も恐ろしい質問をします。

日亜化学が中村氏と法廷で争っていた間、もし、海外のどこかの企業が、日亜化学の404特許を「無断で」使って青色LEDを製造・販売し、あの「1208億円」の利益を盗み取っていたとしたら、どうなっていたでしょうか?

あるいは、東芝が舛岡氏と争っていた間、別の企業がフラッシュメモリの特許を侵害し、あの「100億円」の利益をかすめ取っていたとしたら?

従業員との争い(内部リスク)は、確かに痛手です。しかし、競合他社による特許侵害(外部リスク)は、その比ではありません。内部リスクは「利益の分配」の問題ですが、外部リスクは**「利益の根こそぎの消失」**を意味するからです。

青色LED訴訟とフラッシュメモリ訴訟が暴いた「数百億円」という資産価値。 今、この瞬間も、あなたの会社の「それ」が、競合他社によって静かに盗まれているとしたら?

あなたの会社から「毎月1億円」が漏れ出しているとしたら?

あなたの会社が、巨額のR&D費用を投じて生み出した特許。それは、青色LED訴訟が示したように、市場を独占して利益を上げるための「権利」です。

この「独占の利益」を、特許侵害者は不当に奪い取っていきます。 法的に言えば、あなたの会社は特許侵害によって「本来得られるはずだった利益」を失っています。これを法律用語で**「逸失利益(いっしつりえき)」**と呼びます。

言葉が難しいので、中学生にもわかるように説明します。

ケース1:あなたの会社が失った「儲け」を取り戻す

  • あなたの会社が、特許技術を使った新製品「A」を1万円で売っているとします。
  • この製品「A」が1個売れるごとに、あなたの会社には3,000円の利益(限界利益)が入るとします。
  • ある日、競合他社があなたの特許を丸ごとコピーした侵害品「B」を、安い値段で売り始めました。
  • その結果、競合他社は侵害品「B」を1年間で10万個も売ってしまいました。

この場合、あなたの会社は、競合他社が売った10万個ぶんの「利益」を丸ごと奪われたことになります。

(計算式) 3,000円(1個あたりのあなたの利益) × 10万個(侵害者が売った数) = 3億円

この3億円こそが、あなたの会社が失った「逸失利益」です 。 そして、あなたは特許法に基づき、この3億円を「損害賠償」として侵害者に請求する権利があります

ケース2:侵害者が儲けた「ライセンス料」を取り戻す

  • 「競合が10万個売ったせいで、うちの売上が10万個減ったとは証明できない」という場合もあるかもしれません。
  • その場合でも、法律はあなたを守ってくれます。
  • 「もし、あなたがその競合他社に『特許を使ってもいいですよ』とライセンス(実施許諾)をしていたら、いくら貰っていましたか?」という計算が認められます 。
  • 例えば、売上の5%を「合理的実施料(ライセンス料)」として貰う契約だったとします。
  • 侵害品「B」が(安く売って)1個5,000円だったとしても、10万個売れば、競合の売上は5億円です。

(計算式) 5億円(侵害者の売上) × 5%(あなたが得るはずだったライセンス料) = 2,500万円

この2,500万円も、当然、損害賠償として請求できます。

問題は、何もしなければ、この「3億円」も「2,500万円」も、あなたの会社の金庫には1円も入ってこない、ということです。

競合他社は、あなたの会社のR&D投資に「タダ乗り」して利益を上げ、その利益でさらに新しい工場を建て、あなたの市場をさらに奪っていきます。

あなたが「特許侵害に気づかない」あるいは「気づいても放置する」という選択をすることは、競かぎり、あなたの会社の「逸失利益」は毎日漏れ続けます。

なぜ他社の「特許侵害」は、かくも簡単に見逃されるのか

「それほど巨額の損失が出ているなら、なぜ皆、すぐに訴訟を起こさないのか?」 そう思われるかもしれません。

答えは単純です。「特許侵害」は、非常に巧妙に隠されており、見つけることが極めて困難だからです。

あなたの会社の知財担当者は優秀かもしれません。しかし、彼が世界中のEコマースサイトを24時間監視し、何千もの出品物を一つひとつチェックし、怪しい製品を取り寄せて分解・解析し、それがあなたの会社の特許第XXXXXXX号の請求項3を侵害していると特定することは、物理的に不可能です。

侵害者は、海外のサーバーに仮設のネットショップを作り、ダミーの会社名で販売し、売上が立つとすぐに店を閉じて、また別の場所で新しい店を開きます。彼らは「見つからない」ことのプロです。

そして、この「見つけられない」状態が続くことこそ、あなたの会社にとって致命的なリスクを生み出します。

リスク1:恐怖の「3年」タイマー(法的リスク)

これが、この記事で最も重要かつ恐ろしい事実です。 特許侵害による損害賠償を請求できる権利(逸失利益の請求)には、「時効」があります。

原則として、**「侵害の事実」と「侵害した相手」を知った時から「3年間」**です 

これが何を意味するか、お分かりでしょうか。 例えば、ある競合他社が2020年1月から、あなたの特許を侵害する製品を売り始めたとします。しかし、あなたはリソース不足で市場監視を怠っていました。 2024年になって、ようやくその侵害品を発見し、相手を特定しました。

その瞬間、あなたの会社は、2020年1月〜2021年(3年以上前)までの「1年以上にわたる逸失利益」を永久に失います。 たとえ、その間に「毎月1億円」、年間12億円の利益が盗まれていたとしても、その12億円は時効によって消え去り、二度と取り戻すことはできません。

あなたの「発見の遅れ」が、文字通り「数十億円」の損失を確定させてしまうのです。この法的な時限爆弾は、今この瞬間も、カチ、カチ、と音を立てて進んでいます。

リスク2:R&D費用のドブ捨て(リソース浪費リスク)

冒頭の質問に戻りましょう。あなたの会社が投じた「500億円」のR&D費用。 あなたが特許侵害を放置するということは、その500億円を使って、競合他社の「新製品開発」を肩代わりしてあげているのと同じです。あなたの会社の優秀なエンジニアたちが、血のにじむような努力で生み出した発明が、競合他社の「利益」に直結しているのです。 これほど無駄で、非生産的な投資はありません。

リスク3:ブランドという「信用」の汚染(風評リスク)

市場には、あなたの会社の「正規品」と、侵害者の「安価な模倣品」が並びます。 消費者がその安い模倣品を買い、「すぐに壊れた」「品質が悪い」と感じた時、彼らはその無名の侵害者を非難するでしょうか? いいえ。彼らは、あなたの会社の「正規品」も含めた「その製品カテゴリ全体」に対して、「安かろう悪かろうの製品だ」というレッテルを貼ります。

あなたの会社が何十年もかけて築き上げてきた「ブランド」という名の信用は、市場にあふれる侵害品によって汚染され、希釈されていきます。 法律には、侵害者に謝罪広告を出させるなどの「信用回復の措置」を請求する権利もありますが 、一度失われた顧客の信頼を取り戻すのは容易ではありません。

青色LED訴訟とフラッシュメモリ訴訟は、単なる過去の社内ドラマではありません。それらは、あなたの会社が保有する「特許」という資産に、「数百億円」の金銭的価値があることを法的に証明した「金融X線写真」です 。私たちが学ぶべき教訓は、発明者にいくら払うべきだったか、ではありません。その「数百億円」の価値を持つ資産を、外部の侵略者からいかにして守るか、です。

この「静かなる出血」を止めることは、現代の経営者にとって最優先の課題です。特許ポートフォリオを、維持費だけがかかる「コストセンター」から、競合他社から逸失利益を回収する「プロフィット(利益)センター」へと変革させるのです。あなたのR&D投資が確実に保護され、競合他社があなたの特許を恐れ、知財部門が「コスト」ではなく「利益」を生み出す未来を想像してみてください。それは、適切な資産管理を行えば、決して夢物語ではありません。

しかし、あなたは見えない敵とは戦えません。「管理」は「発見」から始まります。世界中の市場に隠れた侵害品を、24時間365日体制で探し出し、特定することは、知財部や営業部が片手間でできる業務ではありません。それには、専門的なノウハウと、 relentless (執拗) な監視システムが必要です。

株式会社IPリッチの特許侵害製品発見サービスは、まさにそのために開発されました。あの恐ろしい「3年」の時効の時計がゼロになる前に、私たちがあなたの「失われた利益」を見つけ出すお手伝いをします。

【参考文献リスト】

重要判例! 青色LEDの裁判から職務発明の課題まで知財部が解説! 【知財タイムズ】. (https://tokkyo-lab.com/co/info-lawsuit01og) 東芝、フラッシュメモリ訴訟で発明者の元社員と和解. (https://dc.watch.impress.co.jp/cda/other/2006/07/27/4302.html) フラッシュメモリ発明対価訴訟、8700万円で和解 – ITmedia NEWS. (https://www.itmedia.co.jp/news/articles/0607/27/news046.html) 職務発明(中小企業向け)知的財産権マニュアル. (https://www.tokyo-kosha.or.jp/chizai/manual/shokumu/snuhni0000004jyv-att/shokumu_zentai.pdf) 職務発明と「相当の対価」―特許法 35 条改正問題に関連して―. (https://jpaa-patent.info/patent/viewPdf/2841) 特許権侵害の警告書が届いたら?侵害した場合・された場合の対処法を解説!. (https://media.jpaa-kanto.jp/tokkyokenshingai/) 逸失利益 – 特許侵害 – 今岡憲特許事務所. (http://imaokapat.biz/__HPB_Recycled/yougo201-300/yougo_detail244.html) 特許法 102 条 1 項の立法趣旨,解釈論等. (https://www.jpaa.or.jp/old/activity/publication/patent/patent-library/patent-lib/200712/jpaapatent200712_122-136.pdf) 専利(特許)権侵害による損害賠償額の算定. (https://www.leeandli.com/JP/Newsletters/6973.htm)

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