スタートアップ投資と知財:エンジェル投資家やVCの目線

株式会社IPリッチのライセンス担当です。
優れた技術と情熱を持つスタートアップが、なぜエンジェル投資家やベンチャーキャピタル(VC)との資金調達ラウンドで苦戦するのでしょうか。その原因は、技術力や市場性だけでなく、「知的財産(IP)」の評価にあることが少なくありません。現代の投資家は、単に「特許があるか」ではなく、「そのIPが将来の企業価値にどう貢献し、どのようなリスクを内包しているか」を厳しく見定めています。
本記事は、エンジェル投資家やVCがスタートアップの知財をどのように評価し、投資判断の核心である「知財デューデリジェンス(IPDD)」で何をチェックしているのかを徹底的に解説します。結論として、投資家は知財を「技術の防壁」としてだけでなく、「企業価値評価(バリュエーション)」と「将来のリスク管理」の核心的な指標として捉えています。CEOが初期段階からIP戦略に関与し、事業とIPを一体化させることが、資金調達成功の鍵であることを明らかにします。
スタートアップ投資における「知的財産(IP)」の新たな位置づけ
かつて知的財産(IP)、特に特許や商標は、法務部門が管理する「コスト」や、他社からの攻撃を防ぐ「防御のための盾」と見なされがちでした。しかし、特に革新的な技術を核とするスタートアップにとって、IPは事業そのものを支える「中核資産」です。投資家は、この目に見えない資産の価値を、これまでになく厳しく評価するようになっています。
この流れは、政府の政策によっても強力に後押しされています。例えば、「知的財産推進計画2025(案)」では、知財・無形資産への投資や活用を促進し、それを企業価値の向上に結びつける方策が検討されています 。この計画では、上場企業の行動規範であるコーポレートガバナンス・コードにおける知財に関する記載についても言及されており、これはVCから上場株式投資家に至るまで、投資コミュニティ全体に対して「IPを正しく評価せよ」という強いメッセージを送っていることを意味します 。
スタートアップにとって、IPは二重の価値を持ちます。一つは「攻撃(オフェンス)」の価値です。強力な特許ポートフォリオは、競合他社が同一の技術で市場に参入することを法的に阻止する「堀(モート)」として機能し、競争優位を確立します。
もう一つは「防御(ディフェンス)」の価値、すなわち「事業の自由(Freedom To Operate, FTO)」の確保です 。これは、自社が事業を行う上で、他社の有効な特許権などを侵害していないことを確認することを指します。多くのスタートアップは「攻撃」(特許出願)に集中し、「防御」(FTO調査)を怠りがちです。しかし、投資家はFTOが未確認の事業を「将来、巨額の賠償請求訴訟のリスクを抱えた事業」とみなし、投資を躊躇する最大の理由の一つとなります 。
-投資家が用いる「企業価値評価(バリュエーション)」と知財の関連性
投資家がスタートアップの企業価値(バリュエーション)を算定する際、主に3つのアプローチが用いられます 。
- インカム・アプローチ:企業が将来生み出すと予測される利益やキャッシュフローを、現在の価値に割り引いて評価する方法(DCF法など) 。
- コスト・アプローチ:企業の純資産(資産から負債を引いたもの)を基に評価する方法。特許取得にかかった費用などがこれに含まれます 。
- マーケット・アプローチ:類似する上場企業やM&Aの取引事例と比較して評価する方法 。
このうち、革新的な技術を持つスタートアップのIP価値を評価する際、投資家が最も重視するのがインカム・アプローチです。コスト・アプローチ(特許取得にかけた費用)やマーケット・アプローチ(類似特許の取引事例)では、そのスタートアップ固有の革新的なIPの価値を正確に反映することが難しいためです 。
知財の価値は、「その資産から将来得られるキャッシュフローから算定する」という考え方が、経済的に最も合理的であるとされています 。では、IPは具体的にどのようにして「将来のキャッシュフロー」を確実なものにするのでしょうか。
日本貿易振興機構(JETRO)のレポートでは、IPが企業の収益性(ROA)を向上させるメカニズムが示されています 。
第一に、売上高利益率(利幅)の向上です。例えば、画期的な医薬品特許や、アップルの製品デザインに関する意匠特許などは、製品に高い付加価値を与え、高価格での販売(プレミアム・プライシング)を可能にします 。また、効率化された製造プロセスに関する特許は、製造コストを直接圧縮し、利益率を改善させます 。
第二に、総資産回転率(回転率)の向上です。最も典型的な例が、アマゾンの「ワンクリック特許」です 。このシステムは、顧客の購買プロセスを劇的に簡略化し、注文の利便性を高めることで、販売の「回転率」を向上させ、売上の増大に大きく貢献しました 。
投資家が知財デューデリジェンスで確認するのは、まさにこの点です。スタートアップが保有するIPが、これらの事例のように「将来の利益率」や「売上の回転率」に具体的にどう貢献するのか、そのビジネスモデルとの連動性を精査します。特許が事業の核心的な収益源を保護していればいるほど、インカム・アプローチによるバリュエーションは高くなります。
投資ラウンド初期の「知財リスク」:エンジェル投資家が懸念する点
エンジェルラウンドやシード期は、事業の根幹が固まる最も重要な時期であり、この段階での知財の扱いのミスは、スタートアップにとって致命傷となり得ます。投資家は、そのリスクの芽を敏感に嗅ぎ取ります。
海外進出時の失敗事例として、福岡のある医療機器メーカー(P社)のケースが挙げられます 。この企業は、韓国企業との合弁で工場を設立し、技術提供を行っていました。しかし、「特許は面倒だから」という理由で、自社の技術の権利化を怠っていました。結果として、トラブルにより合弁が解消された後、技術提供してきたノウハウをすべて韓国企業側に吸い取られ、手元に何も残らないという事態に陥りました 。
この事例からエンジェル投資家が学ぶのは、CEOの「知財に対する姿勢」です。「知財は面倒だ」というマインドセットを持つ経営者は、事業の最も重要な資産を管理する能力がないと判断され、投資を敬遠されることになります。
投資家が懸念するリスクは、外部だけでなく内部にも潜んでいます。その最たるものが、『職務発明規定』の不備という時限爆弾です。
日本の特許法では、発明がなされた場合、その「特許を受ける権利」はまず「発明者(従業員や創業者)」に帰属します 。その権利を会社が保有するためには、就業規則などで「職務発明規定」を整備し、発明者から企業へ権利を適法に譲渡させるプロセスと、その対価(相当の利益)について定めておくことが不可欠です 。
エンジェル投資家がデューデリジェンスでこの規定の不備を発見した場合、投資は即座にストップする可能性が高いです 。なぜなら、投資した資金が、権利関係の曖昧な「他人の発明」に注ぎ込まれることになるからです。特に、共同創業者間や、すでに退職した主要なエンジニアとの間で、将来的に権利紛争が発生するリスク を、投資家は絶対に許容しません。
さらに、スタートアップが事業を加速させるために行う大企業との提携にも、重大な「ノウハウ流出」の罠が潜んでいます。中小企業庁が示すガイドラインの事例では、スタートアップが直面する以下のようなリスクが警告されています 。
- 片務的な秘密保持契約(NDA):スタートアップ側のみが一方的に重い秘密保持義務を負わされる。
- 成果の片務的な帰属:共同開発で生み出されたIPの成果が、スタートアップ側の貢献度に関わらず、すべて大企業側に帰属するような契約を締結させられる .
- 営業秘密の開示強要:品質管理(QC)工程表や製造工程の動画といった形で、本来秘匿すべきノウハウ(営業秘密)の無償提出を強要される 。
エンジェル投資家は、スタートアップが「大企業と提携した」という事実だけでは評価しません。その「契約書の中身」を精査します。もし自社のIPを守れない不利な契約を結んでいれば、それは将来の成長性を自ら手放したと見なされ、評価は著しく低下します。
VCによる投資判断の核心「知財デューデリジェンス(IPDD)」の全貌
エンジェルラウンドを通過し、シリーズA以降の本格的な資金調達フェーズに進むと、ベンチャーキャピタル(VC)による、より厳格な「知財デューデリジェンス(IPDD)」が待っています。
IPDDとは、VCが投資判断を行う最終段階で、弁護士や弁理士といった知財の専門家を起用して、投資対象となるスタートアップの知的財産を詳細に調査するプロセスです 。このIPDDの目的は、大きく分けて二つあります 。
- 知財に関するリスクの調査(例:権利は法的に有効か? 他社の権利を侵害していないか?)
- 保有知財の価値評価(例:そのIPが事業の収益源をどれだけ強固に保護しているか?)
VCのキャピタリスト自身が知財の専門家であるとは限りません。そのため、特許庁は「VC-IPAS」というプログラムを提供し、VCに弁理士や弁護士といった知財専門家を派遣し、VCと専門家が協働でスタートアップの知財戦略構築を支援する体制を整えています 。この事実は、VC側も「知財DDの基礎知識」を習得する必要性を国レベルで認識していることを示しており、スタートアップ側は「専門家による厳格な精査」を受けることを前提に、万全の準備をしなければならないことを意味します。
では、投資家はIPDDで具体的に何をチェックするのでしょうか。専門家が実施する一般的なチェックリスト を基に、投資家の視点で整理したのが以下の表です。
| チェック項目 | 投資家の確認内容 | スタートアップ側の「隠れたリスク」 |
| 1. 知財マネジメント体制 | 誰が知財を管理しているか? 発明の発掘から出願までのプロセスは確立されているか? | CEOが関与せず、外部の特許事務所に丸投げ。事業戦略と出願戦略が乖離している。 |
| 2. 職務発明規定 | 規定は存在するか? 創業者や従業員から会社への権利承継は適法か? 相当の利益(対価)は適切か? | 規定が存在しない、または運用されていない。将来、元従業員から訴訟を起こされる(=投資の前提が崩れる)。 |
| 3. ライセンス・紛争状況 | 他社に不利なライセンスを供与していないか? 他社と係争中、または警告を受けていないか? | 大企業との共同開発で、自社のIPを無償または安価で実施許諾する片務的な契約を結んでいる 。 |
| 4. 保有知的財産権の有効性 | 保有する特許や商標は、現在の「主力事業」や「将来の収益源」を的確に保護しているか? | 特許の数は多くても、事業の核心(マネタイズポイント)をカバーしていない「見栄えだけの特許」ばかりである。 |
| 5. FTO(他社権利の非侵害) | 自社の製品・サービスが、他社の有効な特許権を侵害していないか(事業の自由があるか)? | FTO調査を全く実施していない。事業が成長した途端、競合他社から巨額の損害賠償請求や差止請求を受ける可能性がある。 |
この表から導き出される最も重要な点は、「4. 保有知的財産権(自社の権利)」と「5. FTO(他社の権利)」のバランスです 。VCは、スタートアップが自社の権利の「堀」を強固にしつつ、他社の権利という「地雷」を回避する、その両方を実行しているかを厳しく見ています。どちらか一方だけでは、投資判断において「不適格」と見なされるのです。
知財DDで高評価を得るスタートアップの「知財戦略」とCEOの役割
知財デューデリジェンス(IPDD)は「テスト」です。このテストで高評価を得るには、付け焼き刃の対応ではなく、設立初期からの「知財戦略」が不可欠です。
そして、その戦略は、設立前・エンジェル(概念実証)の段階から始まる必要があり、何よりも「CEOが知財活動に参画」することが必須であるとされています 。
なぜCEOでなければならないのでしょうか。それは、知財戦略が「何を特許として公開し、何をノウハウとして秘匿するか」という、事業の根幹に関わる経営判断そのものだからです 。この判断は、法務担当者や外部の弁理士にはできません。事業のコア技術、将来のビジネスモデル、競合他社の動向をすべて理解するCEO(あるいは経営陣)だけが、この戦略的な意思決定を行えるのです。
投資家が高く評価するのは、特許の「数」ではありません。事業戦略と一体化した「質」です。投資家が高評価に繋げる知財戦略の要素として、以下のような点が挙げられます 。
- 技術のコアの理解と適切な権利化:事業の「稼ぎ頭」となる核心技術を特定し、そこをピンポイントで保護しているか 。
- 中長期的な視点:現在の国内市場だけでなく、将来の海外展開先も含めた権利化(国際出願)を視野に入れているか 。
- 知財予算の確保:IPを「コスト」ではなく「未来への投資」と捉え、必要な経費(出願費用、専門家費用)を確保しているか 。
- 専門家の活用:投資家(VC)と共に、中長期的に伴走できる優秀な知財の専門家(弁理士等)を発掘し、活用しているか 。
重要なのは、こうした知財戦略を構築したこと自体が、「知財デュー・デリジェンス時に評価に繋がり、資金調達に繋がる」と明言されている点です 。つまり、「優れた知財戦略を持つこと」そのものが、投資家に対する強力なアピール(IR)であり、企業価値を直接高める行為なのです。
「知財の収益化」:投資家が期待する出口戦略と企業価値の最大化
VCがスタートアップに投資する最終的な目的は、その企業がM&A(合併・買収)やIPO(新規株式公開)を達成することによる、投資の回収(Exit)です。このExitの際の企業価値(バリュエーション)を最大化する上で、知財は決定的な役割を果たします。
ここで、「知財の収益化(IP Monetization)」という視点が重要になります。知財は、単に自社製品を守る「盾」としてだけでなく、それ自体が利益を生み出す「資産」となり得ます。例えば、自社では実施しない技術を他社に使用許諾する「ライセンス供与」、特許権そのものの「売却」、あるいは他社の特許を使うための交渉材料とする「クロスライセンス」など、収益化の道は多様です 。
自社のIPポートフォリオの中に眠る「高価値特許(金の粒)」を特定し、それを戦略的に活用することが、企業価値の最大化に繋がります 。ライセンス交渉を成功させるには、技術的な優位性だけでなく、交渉相手との地道な信頼関係の構築や、コンサルタントなどを活用した客観的な状況判断も不可欠です 。
この「知財の収益化」戦略は、投資家にとって非常に魅力的に映ります。投資家は、スタートアップの事業が「単一の製品」だけに依存している状態をリスクと捉えます。もし、その主力製品が市場で失敗したとしても、中核となる特許ポートフォリオを他社にライセンスまたは売却する「プランB」が存在するならば、投資のリスクは大幅に低減されます。「知財の収益化」戦略を持つことは、投資家に対する強力な安全弁(セーフティネット)の提示に他ならないのです。
本記事で見てきたように、エンジェル投資家やVCは、スタートアップの知的財産を「事業戦略そのもの」として厳しく評価しています。CEOが初期段階から知財戦略を主導し、IPDDのチェックポイントをクリアできる体制を整え、そして将来の「知財の収益化」まで見据えることが、企業価値を最大化し、厳しい資金調達を勝ち抜くための鍵となります。
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(この記事はAIを用いて作成しています。)
参考文献
- 株式会社マネーフォワード. “スタートアップにおけるバリュエーションの計算方法とは?”. Money Forward Biz. (https://biz.moneyforward.com/ipo/basic/4928/)
- 内閣府 知的財産戦略推進事務局. “知的財産推進計画2025(案)”. (https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/chitekizaisan2025/pdf/suishinkeikaku.pdf)
- 中小企業庁. “知的財産取引に関するガイドライン(第1章 はじめに)”. (https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/chizai_guideline/guideline01.pdf)
- 佐藤義幸. “弁護士が語る「法務デューデリジェンス」の必要知識”. Biblion. (https://biblion.jp/articles/srJk6)
- あなたの知財部. “スタートアップの資金調達に必須!知財デューデリジェンス(知財DD)とは?”. (https://chizai-bu.com/2019/12/ipduediligence/)
- 特許庁. “VC-IPAS 投資判断・知財支援のための手引き”. (https://ipbase.go.jp/assets/vc-ipas/docs/tutorial.pdf)
- 日本貿易振興機構(JETRO). “知財価値評価とスタートアップ企業の知財戦略(1)知的財産の価値評価手法とは(日本)”. (https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2020/368ab70147a90526.html)
- 一般財団法人 知的財産研究教育財団. “海外展開における知財の活用”. 知的財産ジャーナル Vol.7. (http://fdn-ip.or.jp/files/ipjournal/vol7/IPJ07_32_36.pdf)
- 日本公認会計士協会. “知財・ライセンスの収益化コンサルタント”. (https://www.jcpo.jp/archives/41313)
- LexisNexis. “ライセンス戦略を加速”. (https://www.lexisnexisip.jp/solutions/ip-analytics-and-intelligence/patentsight/licensing/)
- 独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT). “成長ステージ毎の知財戦略(シード~アーリー)”. (https://www.inpit.go.jp/content/100881662.pptx)
- 独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT). “設立前・エンジェル(概念実証の段階)”. (https://www.inpit.go.jp/content/100881662.pptx)
- 日本貿易振興機構(JETRO). “知財価値評価とスタートアップ企業の知財戦略(2)収益増大をもたらす知的財産権とは(日本)”. (https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2020/5211bb344e1f490d.html)

