作品が自由になる日:パブリックドメインと著作権の期限

ご挨拶と本記事の目的

株式会社IPリッチのライセンス担当です。毎年1月1日になると、世界中で「パブリックドメイン・デー」として、多くの歴史的な作品が著作権の鎖から解き放たれ、社会の共有財産となります 1。2025年の元日も例外ではなく、メキシコの画家フリーダ・カーロやフランスの巨匠アンリ・マティスの絵画、そしてヴァージニア・ウルフの『自分ひとりの部屋』やウィリアム・フォークナーの『響きと怒り』といった文学の金字塔が、新たにパブリックドメインに入りました 1

しかし、なぜこれらの作品群が同じ日に入ったのでしょうか。カーロとマティスは1954年に亡くなりましたが 3、ウルフは1941年に亡くなっています。また、これらの作品が「自由」になると言っても、それは世界中どこでも同じなのでしょうか?

本記事では、この「パブリックドメイン」という重要な概念について、2025年の事例を具体的に解き明かしながら、その法的な仕組みを徹底的に解説します。国によって異なる「作者の死後70年」「死後50年」、あるいはアメリカの特殊な「発行後95年」というルールの違いから、日本企業が海外の作品を利用する際に直面する複雑な法的問題まで、専門家の視点から平易に紐解いていきます。

: パブリックドメインとは何か? 著作権が消滅した作品の「自由」

「パブリックドメイン(Public Domain)」とは、日本語で「社会の共有財産」と訳され、いかなる排他的な知的財産権によっても保護されていない創造的な作品群を指します 4。作品がこの状態に入ると、著作権が消滅したことを意味し、もはや特定の個人や団体が権利を所有することはありません 5

その結果、誰でも、いかなる目的であっても、著作権者の許可を得ることなく、その作品を自由に利用できるようになります 5。例えば、作品を複製したり、配布したり、翻訳や編曲、翻案(映画化など)を行ったり、公に展示・演奏したりすることが可能です 7

著作権との対比

そもそも著作権とは、作者が創作した「表現」を保護する権利です 8。作品が具体的な形(例えば、紙に書かれた小説、録音された音楽)になった瞬間、自動的に発生します 8。この権利は、作者に一定期間、その作品の利用をコントロールする「独占権」を与えます。これは、作者の創造的活動に報いると同時に、新たな文化の創造を促すための制度です 7

しかし、この独占権は永遠ではありません。アメリカ合衆国憲法にも記されているように、権利は「限られた期間」で終了しなければなりません 7。この期間が満了すると、作品はパブリックドメインに入り、社会全体が自由に利用できる文化的な「コモンズ(共有地)」 4 の一部となります。シェイクスピアの戯曲やベートーヴェンの交響曲が、今日私たちが自由に享受できるのは、まさにこれらの作品がパブリックドメインにあるからです 4

パブリックドメイン入りの主なルート

作品がパブリックドメインに入る理由は、主に以下の4つです 6:

  1. 著作権の保護期間が満了した場合: 本記事の主要テーマです。法で定められた保護期間(例えば「作者の死後70年」)が経過した作品が、これに該当します 5
  2. 著作権の対象外であった場合: そもそも著作権で保護されないものが存在します。例えば、単なる「事実」や「発見」 8、数学の公式 10、アメリカ合衆国連邦政府の職員が職務上作成した著作物 5 などは、最初からパブリックドメインです。
  3. 権利者が権利を放棄した場合: 著作権者が自らの意思で「この作品をパブリックドメインに捧げる」と宣言(Dedication)することもあります 6
  4. (旧制度下での)手続き不備: かつてのアメリカの著作権法などでは、著作権表示(©マークなど)や更新手続きが必須でした。これらを怠ったために権利が失効し、パブリックドメインに入った作品も多くあります 6

利用時の注意点:コレクションの罠

ここで一つ、ビジネス利用において極めて重要な注意点があります。個々の作品がパブリックドメインであっても、それらを「収集・編集」したものには、新たな著作権が発生する可能性がある点です 6

例えば、パブリックドメインの絵画(マティスの作品など)を世界中から集め、独自の選択と配列で構成し、解説を付けた「豪華美術本」や「専門ウェブサイト」を誰かが作成したとします。この場合、個々のマティスの絵は自由に使えますが、その「美術本」や「ウェブサイト」全体(つまり、どの作品を選び、どう配置したかという創造的な編集行為)は、「編集著作物」または「データベースの著作物」として保護される可能性があります 6

したがって、「パブリックドメインの作品を集めたサイト」から画像をコピー&ペーストして自社の製品に使うと、そのサイト運営者の「編集著作権」を侵害するリスクが伴います。安全に利用するためには、その作品自体がパブリックドメインであることを確認し、権利の発生しない形でアクセスすることが不可欠です。

2025年、世界が注目したパブリックドメイン入りの傑作

2025年のパブリックドメイン入りは、なぜこれほどまでに話題となったのでしょうか。それは、著作権切れの「2つの異なる時計」が、偶然にも同じタイミングで鳴ったからです。これにより、全く異なる時代と背景を持つ2大グループの作品群が、同時に「自由」になりました。

「作者の死後70年」— 1954年に逝去した巨匠たち

現在、日本、アメリカ、ヨーロッパ連合(EU)諸国、オーストラリアなど、世界の多くの国が採用している著作権保護期間の主流は、「作者の死後70年」というルールです 1。これはラテン語で post mortem auctoris(p.m.a.)と呼ばれ、作者が亡くなった時点から保護期間のカウントが始まります。

具体的には、作者の死亡した年の翌年の1月1日(日本では死亡した日の翌年1月1日)から起算し、70年が経過した年の12月31日に保護期間が満了します。そして、その翌日である1月1日にパブリックドメインに入るのです 1

2025年1月1日に入ったのは、この計算に基づき「1954年」に亡くなったクリエイターたちの作品です。

  • 1954年 + 70年 = 2024年 (この年の12月31日に保護期間が満了)
  • 2025年1月1日 (パブリックドメイン入り)

今年、この「1954年組」として世界的な注目を集めたのが、以下のアーティストたちです。

  • フリーダ・カーロ (Frida Kahlo): 1954年没 3。痛みを伴う自画像やメキシコの伝統文化に根差した作品で知られる、20世紀を代表する女性画家です 1。彼女の作品群は今後、Tシャツやマグカップ、ポスターなど、あらゆる形で世界中に拡散していくことが予想されます 14
  • アンリ・マティス (Henri Matisse): 1954年没 3。鮮やかな色彩と大胆なフォルムで知られる「フォーヴィスム(野獣派)」の中心人物であり、ピカソと並ぶ20世紀美術の巨人です 1。彼の有名な『ダンス』や後期の「切り絵」作品なども、パブリックドメインとなりました。
  • その他: 彼ら以外にも、マティスと共にフォーヴィスムを牽引した画家 アンドレ・ドラン (André Derain) 3 や、「ポリリズム」などの実験的作風で知られるアメリカの作曲家 チャールズ・アイヴズ (Charles Ives) 1 など、多くの1954年没の作家の作品が「死後70年」ルールに基づき公開されました。

アメリカの「発行後95年」— 1929年に出版された名作群

一方で、まったく別の時計も同時に「0」を迎えました。それが、アメリカ合衆国(US)の古い著作権法に基づく「発行後95年」という、非常に特殊なルールです 2

これは、現在の「作者の死後70年」ルールが導入される1978年より前に発行された作品に適用される複雑な法律の一部です 11。詳細は非常に難解ですが、最も重要なルールの一つが「1929年から1977年の間に『発行(Publication)』された作品は、発行年から95年間保護される」というものです 12

このルールに基づき、2025年1月1日には「1929年」にアメリカで発行された作品群がパブリックドメインに入りました。

  • 1929年 + 95年 = 2024年 (この年の12月31日に保護期間が満了)
  • 2025年1月1日 (パブリックドメイン入り)

この「1929年組」には、20世紀の文化を象徴する数々の名作が含まれています。

  • 文学
    • ヴァージニア・ウルフ 『自分ひとりの部屋』 (A Room of One’s Own) 1
    • ウィリアム・フォークナー 『響きと怒り』 (The Sound and the Fury) 1
    • アーネスト・ヘミングウェイ 『武器よさらば』 (A Farewell to Arms) 1
    • ダシール・ハメット 『マルタの鷹』 (The Maltese Falcon) (雑誌連載版) 17
    • エーリヒ・マリア・レマルク 『西部戦線異状なし』 (英訳版) 17
  • コミック(キャラクターの初登場)
    • ポパイ (Popeye): E・C・シーガーのコミックストリップ『シンブル・シアター』に初登場 14
    • タンタン (Tintin): エルジェがベルギーの雑誌で連載を開始 14
  • 映画
    • マルクス兄弟 『ココナッツ』 (The Cocoanuts) 17
    • アルフレッド・ヒッチコック 『恐喝 (Blackmail)』 (ヒッチコック初のトーキー映画) 17
  • 音楽(楽曲)
    • 「雨に唄えば (Singin’ in the Rain)」 17
    • 「浮気はやめた (Ain’t Misbehavin’)」 2

ここで生じるのが、冒頭の疑問です。ヴァージニア・ウルフは1941年に亡くなっています。 もし「死後70年」ルールが適用されれば、1941 + 70 = 2011年となり、とうの昔にパブリックドメインに入っているはずです。

しかし、彼女の『自分ひとりの部屋』は1929年に「発行」されたため、アメリカでは「死後70年」ルールではなく、より保護期間が長くなる「発行後95年」ルールが適用されました 17。その結果、1954年没のマティスと同じ2025年まで保護が延長され、この奇妙な「同期」が起こったのです。

このように、ある作品の著作権がいつ切れるかは、単一のルールでは判断できません。「いつ作者が亡くなったか」「いつ、どこで発行されたか」という複数の要因が、各国の複雑な法律によって判定されるのです。

なぜ国によって違うのか? 著作権保護期間の複雑な世界

パブリックドメインの状況をさらに複雑にしているのが、保護期間が国によって全く異なるという事実です。

国際的な最低基準「ベルヌ条約」

著作権に関する最も基本的かつ広範な国際条約が「ベルヌ条約」です 9。この条約には、日本を含む180カ国以上が加盟しています 9。ベルヌ条約は、国際的な著作権保護の根幹をなすいくつかの重要な原則を定めています。

  1. 内国民待遇の原則: 条約加盟国は、他の加盟国の国民の著作物を、自国民の著作物と同様に保護しなければなりません 19
  2. 自動保護の原則: 著作権は、作品が創作(固定)された時点で自動的に発生し、登録や納本などの手続きを必要としません 9
  3. 最低保護期間の設定: ベルヌ条約は、加盟国が守るべき最低限の保護期間を定めています。それが原則として「作者の死後50年」です 9

「死後50年」と「死後70年」の分断

ベルヌ条約はあくまで「最低50年」を要求しているに過ぎません。そのため、加盟国はそれより長い期間を設定することが自由であり、現在、世界は大きく分けて二つの基準に分かれています 18

  • 「作者の死後50年」 (Life + 50) の国々:

ベルヌ条約の最低基準を守る国々です。カナダ、ニュージーランド、その他アジアやアフリカの多くの国がこの基準を採用しています 1。

これらの国々では、2025年にパブリックドメインに入ったのは「1974年」に亡くなった作家の作品です 1。

  • 「作者の死後70年」 (Life + 70) の国々:

より長い保護期間を設定している国々です。アメリカ、EU全域、イギリス、オーストラリア、そして日本がこれに含まれます 3。

これらの国々では、前述の通り「1954年」に亡くなった作家の作品が2025年に公開されました。

世界には更なる例外も

この「50年」と「70年」の対立以外にも、独自の期間を定める国が存在します。その最たる例がメキシコで、保護期間は「作者の死後100年」と、世界で最も長い期間を設定しています 13

ビジネス上の盲点:「フリーダ・カーロのパラドックス」

この各国のルールの違いは、グローバルにビジネスを展開する企業にとって深刻な法的リスクを生み出します。その象徴が、2025年の主役であるフリーダ・カーロです。

  1. フリーダ・カーロ(メキシコの画家)は1954年に亡くなりました 1
  2. **アメリカやEU、日本(死後70年)**では、1954 + 70 = 2024年末に保護期間が切れ、2025年1月1日にパブリックドメインに入りました 3
  3. しかし、彼女の**母国メキシコ(死後100年)**では、1954 + 100 = 2054年末まで保護が続きます 13

これは何を意味するでしょうか?

アメリカの企業が、2025年からフリーダ・カーロの絵を使った商品を製造し、アメリカ国内で販売することは完全に合法です。しかし、その企業が同じ商品をメキシコに輸出して販売した場合、メキシコの国内法に基づき著作権侵害として訴えられることになります。

「パブリックドメインに入った」というニュースを見ても、それは「どの国で?」という問いを抜きにしては意味がないのです。作品の利用は、その作品が利用される国の法律(この場合は販売する国の法律)に準拠しなければなりません。

この複雑な状況を、主要国別にまとめたのが以下の表です。

国 (Country)基本保護期間 (個人の著作物)備考 (Notes)
日本 (Japan)作者の死後70年2018年に50年から延長されました 23
米国 (United States)1978年以降: 作者の死後70年   1929-1977年: 発行後95年非常に複雑な法体系。1929年より前の発行物はPD 12
EU (European Union)作者の死後70年EU指令により加盟国で統一されています 3
カナダ (Canada)作者の死後50年ベルヌ条約の最低基準 13
ニュージーランド (New Zealand)作者の死後50年ベルヌ条約の最低基準 13
メキシコ (Mexico)作者の死後100年世界最長の保護期間 13
ベルヌ条約 (Berne Convention)(最低) 作者の死後50年180カ国以上が加盟する国際条約 18

日本の著作権法とパブリックドメインの「現在地」

では、私たちの足元である日本の状況はどうなっているのでしょうか。日本はかつて「死後50年」の国でしたが、近年大きな法改正があり、海外作品の利用には「隠れた罠」も存在します。

TPP協定と「死後70年」への延長

日本は長らくベルヌ条約の最低基準である「作者の死後50年」を維持していました 26。しかし、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定および日EU・EPA(経済連携協定)の締結に伴い、国際的な制度調和(ハーモナイゼーション)が求められました 21

その結果、2018年12月30日に著作権法が改正・施行され、保護期間が原則として「死後50年」から**「死後70年」**へと、一気に20年間延長されました 23

この改正は、日本のパブリックドメインに大きな影響を与えました。例えば、「あおぞら文庫」のような、著作権切れの文学作品をデジタルアーカイブ化するプロジェクトは、この延長によって新たに公開できる作品が20年間「凍結」されることになりました 26

延長で「捕まった」作家、見逃された作家

この法改正で重要なのは、「すでにパブリックドメインに入った作品の権利は復活しない」という点です(非遡及)24

  • 1967年に亡くなった作家: 死後50年の起算日は1968年1月1日。保護期間は2017年12月31日に満了。
  • 1968年に亡くなった作家: 死後50年の起算日は1969年1月1日。保護期間は2018年12月31日に満了予定でした。

ここで、改正法の施行日が「2018年12月30日」であったことが運命を分けました 30

1967年没の作家は、改正法の施行前にすでにパブリックドメインに入っていたため、70年への延長は適用されず、そのままパブリックドメインが維持されました 30

しかし、1968年に亡くなった作家(例えば画家の藤田嗣治など)は、保護期間が満了する「1日前」に新法が施行されたため、延長の対象となりました。その結果、彼らの保護期間は「死後50年」から「死後70年」に切り替わり、満了日が2018年末から一気に20年後の2038年末へと延期されることになったのです 30

日本企業を襲う「2つの隠れた罠」

日本の保護期間が「死後70年」になったからといって、海外の作品を「作者の死後70年」と単純計算して利用するのは非常に危険です。日本の著作権法には、海外作品の保護期間を計算する上で、非常に特殊な「例外ルール」が2つ存在します。

1. 相互主義(短い方の期間を採用するルール)

これは「相互主義」または「保護期間の比較」と呼ばれるルールです 31。ベルヌ条約で認められている「内国民待遇の原則」の例外です 19。

簡単に言えば、「外国の作品の保護期間が、その作品の本国(Country of Origin)での保護期間と、日本での保護期間を比べて、短い方を適用する」というルールです 30

例えば、カナダ(死後50年)の作家が1960年に亡くなったとします。

  • カナダ本国では: 1960 + 50年 = 2010年末にパブリックドメイン。
  • 日本での原則: 1960 + 70年 = 2030年末まで保護。

この場合、日本は「相互主義」に基づき、短い方の「死後50年」を採用します。その結果、このカナダ人作家の作品は、日本においても2010年末にパブリックドメインとなります 30。これは、パブリックドメイン入りが「早まる」ケースです。

2. 戦時加算(保護期間が不当に延長されるルール)

これが、日本企業にとって最大のリスク要因です。「戦時加算」とは、第二次世界大戦中に、日本が連合国国民の著作権を十分に保護しなかったことへの「ペナルティ」として、特定の国の作品の保護期間に「戦争期間分の日数」を上乗せ(加算)する制度です 19。

対象となるのは、アメリカ、イギリス、フランス、オーストラリアなどの連合国国民の作品です 19。加算される日数は国によって異なり、例えばアメリカやイギリスの作品には**3,794日(約10.4年)**が加算されます 19

「戦時加算」の恐るべき影響

このルールが、2025年のパブリックドメインにどう影響するか、具体例で見てみましょう。

アメリカの写真家、ロバート・キャパは1954年に亡くなりました 14。

  • アメリカ本国での計算: 1954年没 → 「死後70年」 → 2024年末に満了。
  • 日本での計算: 1954年没 → 「死後70年」 → 2024年末に満了 ……

……とはなりません。

ロバート・キャパはアメリカ国民(連合国民)であるため、この「死後70年」の期間に、さらに「戦時加算(3,794日)」が上乗せされる可能性が高いのです。

その結果、彼の作品は日本では2025年1月1日にはパブリックドメインにならず、2035年頃まで保護が続くと解釈されています。

「相互主義」と「戦時加算」——。この2つのルールは、日本で海外のパブリックドメイン作品を利用しようとする際に、専門家による詳細な法的調査が不可欠であることを示しています。安易な「死後70年」計算は、予期せぬ著作権侵害訴訟に繋がりかねません。

パブリックドメインが拓く、新たな創造とビジネスの可能性

著作権が「限られた期間」の独占権である理由は、その期間が終了した後、作品が社会全体の「創造の糧」となることが期待されているからです 7。パブリックドメインは、単なる「無料素材」の山ではなく、新たな文化とビジネスを生み出すための、開かれた「共有地」なのです 4

1. 新たな創造活動の「源泉」として

文化は、常に過去の作品を土台にして発展してきました。批評家のノースロップ・フライが言うように、「詩は他の詩からしか作られず、小説は他の小説からしか作られない」のです 33。

パブリックドメインは、この「土台」を法的に保証します。『ロミオとジュリエット』(PD)がなければ『ウエスト・サイド物語』は生まれず 33、グリム兄弟やアンデルセンの童話(PD)がなければ、ディズニーの偉大なアニメーション映画群も存在しなかったかもしれません 33

2025年、ヘミングウェイの『武器よさらば』がパブリックドメインに入ったことで、誰でも自由にこの作品を映画化し、舞台化し、あるいは現代版に翻案した続編を書くことが可能になりました。

2. 教育と文化アクセスの「民主化」として

パブリックドメインは、教育コストを劇的に下げ、知識へのアクセスを平等にします 10。マキャヴェッリの『君主論』やルソーの『社会契約論』といった古典が、今日、私たちがオンラインで無料で読めるのは、それらがパブリックドメインだからです 33。教師はこれらの教材を自由に複製し、翻訳し、生徒に配布することができます。

また、図書館や博物館は、パブリックドメインの作品をデジタル化し、オンラインで公開することで、文化遺産を保存し、地理的な制約を超えて人々に届けることができます 33

3. ビジネスにおける「低コスト・高価値」な資源として

企業にとって、パブリックドメインはライセンスコストを削減する賢い選択肢となります 34。2025年から、「雨に唄えば」をCMソングに使ったり、マティスのデザインを製品パッケージに採用したりする際に、高額なライセンス料を支払う必要はもうありません。

「知財の収益化」とパブリックドメイン戦略

最後に、本記事のテーマを「知財の収益化」という観点から締めくくります。

「知的財産の収益化」と聞くと、多くの企業は自社が保有する特許や商標、著作権を「どのようにライセンスアウト(許諾)するか」「いかに侵害から守るか」といった「攻め」や「守り」の戦略を想像するかもしれません 35。

しかし、真に高度な知財戦略とは、自社の権利(ポジティブ・アセット)を管理するだけでなく、「何が権利で保護されていないか」という知のランドスケープ全体を正確に把握することにあります。

この観点から、パブリックドメインの知識は、2つの重要な「収益化」戦略に直結します。

1. 「防御的」収益化(コスト削減戦略)

これは、パブリックドメインの知識を「ライセンス料の支払いを回避する」ために活用する戦略です 34。前述の通り、CMソングやデザイン素材としてパブリックドメインの作品を戦略的に利用することで、本来発生するはずだった数百万、数千万円のライセンス費用を削減できます。この「削減できた費用」は、企業の利益に直接貢献するものであり、立派な「収益化」の一形態です 36。

2. 「積極的」収益化(新規IP創出戦略)

こちらがより重要です。パブリックドメインは、新たなIP(知的財産)を生み出すための、リスクのない「原材料」の宝庫です 33。

パブリックドメインの作品(例:『響きと怒り』の原作)は誰のものでもありませんが、それを基に新たな創造性(例:独自の脚本、演出、映像)を加えて映画化した場合、その新しい映画は「二次的著作物」として、製作者に新たな著作権が発生します 6

同様に、フリーダ・カーロの絵画(PD)に、自社のデザイナーが独自の解釈でグラフィック・アート(新たな創造性)を加えれば、その新しいデザインは著作権で保護される「自社のIP資産」となります。

このように、パブリックドメインの作品を「核」として、自社のクリエイティビティを付加することで、ゼロから生み出すよりも低コストかつ文化的な権威を背景にした、強力な「新規IP」を創出し、それをライセンスしたり、製品化したりして収益を上げることが可能になるのです。

「知財の収益化」とは、自社の権利を守り、貸し出すことだけではありません。社会の共有財産であるパブリックドメインという「巨人の肩」に乗り、そこに新たな価値を付加して、次の時代のIPを生み出していく戦略的視点そのものなのです。

参考文献

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  2. Stanford University Libraries, “Welcome to the Public Domain” https://fairuse.stanford.edu/overview/public-domain/welcome/
  3. U.S. Copyright Office, “What is Copyright?” https://www.copyright.gov/what-is-copyright/
  4. Wikipedia, “Public domain” https://en.wikipedia.org/wiki/Public_domain
  5. Cornell University Library, “Copyright Term and the Public Domain in the United States” https://copyright.cornell.edu/publicdomain
  6. Artnet News, “Frida Kahlo, Henri Matisse, and More Modern Masters Enter the Public Domain in 2025” https://news.artnet.com/art-world/public-domain-2025-kahlo-matisse-derain-2594461
  7. The Art Newspaper, “Frida Kahlo works enter the public domain: look out for the fridge magnets” https://www.theartnewspaper.com/2025/01/03/frida-kahlo-works-enter-the-public-domain-look-out-for-the-fridge-magnets
  8. The Public Domain Review, “Public Domain Day 2025” https://publicdomainreview.org/blog/2025/01/public-domain-day-2025/
  9. My Modern Met, “Art by Frida Kahlo and Henri Matisse Is Entering the Public Domain in 2025” https://mymodernmet.com/public-domain-2025/
  10. Wikipedia, “Public domain in the United States”(https://en.wikipedia.org/wiki/Public_domain_in_the_United_States)
  11. Cornell University Library, “Copyright Term and the Public Domain in the United States” (Chart) https://copyright.cornell.edu/publicdomain
  12. Duke University School of Law, “Public Domain Day 2025” https://web.law.duke.edu/cspd/publicdomainday/2025/
  13. University of Pennsylvania Libraries, “Untangling Copyright, Publication, and the Public Domain” https://www.library.upenn.edu/news/publication-public-domain
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  15. 日本写真家協会, 「著作権の保護期間が著作者の死後70年以上の国」 https://www.jps.gr.jp/50/
  16. Wikipedia, “List of copyright duration by country” https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_copyright_duration_by_country
  17. RightsDirect, “Copyright Protection and Duration” https://www.rightsdirect.com/copyright-education-international-copyright-guide/copyright-protection-and-duration/
  18. Cornell University Library, “Copyright Term and the Public Domain” (General definition) https://copyright.cornell.edu/publicdomain
  19. Wolters Kluwer, “Do most US authors still only enjoy a copyright term of life plus 50 in the EU?” https://legalblogs.wolterskluwer.com/copyright-blog/do-most-us-authors-still-only-enjoy-a-copyright-term-of-life-plus-50-in-the-eu/
  20. Creative Commons, “Global Aspects of Copyright” https://creativecommons.org/course/cc-cert-edu/unit-2-copyright-law/2-2-global-aspects-of-copyright/
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  32. WIPO, “Monetization of Copyright Assets by Creative Enterprises” https://www.wipo.int/edocs/pubdocs/en/copyright/955/wipo_pub_955.pdf
  33. Wikipedia, 「著作権の保護期間」(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%91%97%E4%BD%9C%E6%A8%A9%E3%81%AE%E4%BF%9D%E8%AD%B7%E6%9C%9F%E9%96%93)
  34. ITmedia NEWS, 「著作権保護期間『作者の死後70年』に 青空文庫、元日に『Public Domain Locked』と嘆く」 https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1901/04/news025.html
  35. UTokyo, “Copyright-free resources” https://utelecon.adm.u-tokyo.ac.jp/en/articles/copyright/copyright-free-resources/
  36. Digital Orientalist, “Aozora Bunko: Notes on Usage” https://digitalorientalist.com/2025/01/07/aozora-bunko-notes-on-usage/
  37. Wikipedia, “Aozora Bunko”(https://en.wikipedia.org/wiki/Aozora_Bunko)
  38. Reddit, “Aozora Bunko will soon cease uploading new…” https://www.reddit.com/r/japan/comments/9t7nzm/aozora_bunko_will_soon_cease_uploading_new/
  39. 日本写真家協会, 「著作権の保護期間が著作者の死後70年以上の国」 (メキシコ) https://www.jps.gr.jp/50/
  40. IPNOTE, “What you need to know about Copyright Law in Mexico” https://ipnote.pro/en/blog/what-you-need-to-know-about-copyright-law-in-mexico/
  41. Doverunner, “Federal Copyright Law in Mexico” https://doverunner.com/blogs/federal-copyright-law-in-mexico/
  42. Wikimedia Commons, “Copyright rules by territory/Mexico” https://commons.wikimedia.org/wiki/Commons:Copyright_rules_by_territory/Mexico
  43. Wikipedia, “List of copyright duration by country” (Mexico detail) https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_copyright_duration_by_country
  44. Reyes Fenig, “Copyright Terms” (Mexico) https://reyesfenigeng.wordpress.com/2014/04/17/copyright-terms/
  45. 文化庁, 「『著作権の保護期間が50年→70年になる事についての日本へのメリット』について」 https://www.cas.go.jp/jp/tpp/tppinfo/2016/pdf/160420_tpp_sankou13.pdf
  46. 著作権法講義, 「相互主義」(https://copyright.watson.jp/others_reciprocity.shtml#:~:text=1%EF%BC%89%E7%9B%B8%E4%BA%92%E4%B8%BB%E7%BE%A9,8)%EF%BC%89%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82)
  47. 著作権法講義, 「戦時加算」 https://copyright.watson.jp/others_reciprocity.shtml
  48. Wikipedia, “Rule of the shorter term” (Japan)(https://en.wikipedia.org/wiki/Rule_of_the_shorter_term)
  49. CRIC, “Copyright Law of Japan” https://www.cric.or.jp/english/clj/cl2.html
  50. Wikipedia, “Copyright law of Japan” https://en.wikipedia.org/wiki/Copyright_law_of_Japan
  51. JPO, “Copyright Law” (Japan) https://www.jpo.go.jp/e/news/kokusai/developing/training/textbook/document/index/Copyright_Law.pdf
  52. 文化庁, “Q&A on the Extension of the Copyright Protection Term” https://www.bunka.go.jp/english/policy/copyright/pdf/93468601_03.pdf

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(この記事はAIを用いて作成しています。)

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