国境をまたぐ輸入差止め:日本の税関措置と米国ITCセクション337の使い分け

株式会社IPリッチのライセンス担当です。本日は、グローバルに事業を展開する企業にとって避けては通れない極めて重要なテーマ、「国境をまたぐ輸入差止め:日本の税関措置と米国ITCセクション337の使い分け」について解説いたします。現代のビジネス環境において、製品の部品調達から組み立て、販売に至るまで、国境を越えた複雑なサプライチェーンを利用することは当たり前となっています。しかし、それは同時に、海外で不正に製造された特許権侵害物品が、いとも簡単に自国の市場に流入し得るという深刻なリスクを抱えることを意味しています。この記事では、特許権者が自社の市場シェアを守り抜くための強力な武器である「日本の税関における輸入差止め措置」と、「米国国際貿易委員会(ITC)が管轄するセクション337手続」に焦点を当てます。両国の制度における法的な性質や手続きのスピード、求められる要件の違いを分かりやすく比較し、さらにこれらの制度をグローバルな供給網に対するライセンス交渉の強力なレバレッジとしてどのように活用していくべきか、その実践的な戦略について解説します。
企業の知的財産戦略において、特許権などの権利は単なる自社製品の防衛手段にとどまりません。保有する権利を有効に活用することで直接的な利益を生み出し、ビジネスを成長させる「知財の収益化」は、現代の企業経営において極めて重要なテーマとなっています。自社の特許ポートフォリオを見直し、事業に直接関係のない特許や他社が活用できそうな特許をライセンス供与、あるいは売却することで、新たな収益源を確保することが可能です。特に、今回ご紹介する特許侵害品の輸入差止めのような強力な法的措置を背景に持つことは、他社とのライセンス交渉において自社を非常に有利な立場へと導きます。現在、保有する特許権の有効活用や知財の収益化をご検討されている方は、特許売買・ライセンスプラットフォーム「PatentRevenue」で特許権の売買又はライセンスの希望者に無料で登録することを強くお勧めいたします。自社の貴重な知的財産の価値を最大化し、ビジネスのさらなる飛躍を目指すための第一歩として、ぜひご活用ください。
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グローバルなサプライチェーンにおける特許権の保護と国境をまたぐ輸入差止めの重要性
現代の製造業やテクノロジー産業において、単一の国の中だけで製品の設計、製造、流通のすべてが完結することはほとんどありません。アジアの工場で部品を製造し、別の国で組み立て、最終的に日本や米国の巨大な市場で販売するといった多国間での分業体制は、コスト削減や生産効率の向上のために必要不可欠です。しかし、知的財産権の保護という観点から見ると、このようなグローバルなサプライチェーンは極めて脆弱な側面を持っています。特許権は「属地主義」という原則に基づいており、各国の特許庁で権利化された国においてのみ独占的な効力を持ちます。そのため、自社が特許を取得していない第三国で模倣品が製造されてしまった場合、その製造国で直接的に製造行為を差し止めることは法律上不可能です。
このような状況において特許権者が取り得る最も効果的な対抗策は、自社の特許権が有効に存在する市場、すなわち日本や米国の国内にその侵害製品が持ち込まれる瞬間を狙って「水際」で阻止することです。国内の小売店や流通業者に対して個別に特許侵害訴訟を提起し、販売の停止や損害賠償を求めることももちろん可能ですが、それでは時間も費用も莫大にかかります。また、一つの業者を訴えても次から次へと別の業者が輸入を続ける「モグラ叩き」のような状態に陥りかねません。これに対し、税関や国際貿易を管理する機関を通じた輸入差止め措置は、国境という流通のボトルネックを物理的に遮断するメカニズムを持っています。サプライチェーンの入り口で侵害品の流入を一元的にストップさせることで、国内の流通網が模倣品に汚染されることを未然に防ぎ、悪意のある競合他社に対して致命的な経済的ダメージを与えることができるのです。
日本の特許権保護における税関の役割と輸入差止め申立ての手続き
日本において特許権を保護するための手段として、多くの人がまず思い浮かべるのは裁判所への提訴でしょう。日本の法律では、特許権者が裁判所に申し立てることで、特許製品の製造、販売、そして輸入や輸出を差し止めることができると明確に定められています。しかし、裁判手続とは別に、極めて強力で迅速な水際対策として機能するのが「税関における輸入差止め申立て」の制度です。この制度は、権利者が自身の知的財産権を侵害するおそれのある貨物が輸入されようとしている場合に、税関に対して認定手続を行うよう申し立てる行政手続きです。かつては偽ブランド品などの商標権侵害や著作権侵害への対応が中心でしたが、近年では高度な技術を含む特許権侵害物品に対しても、強力な防衛手段として積極的に活用されています。
日本の税関で特許権に基づく輸入差止めを申し立てるためには、いくつかの厳格な要件をクリアする必要があります。第一の条件は、当然のことながら、権利の内容に明確な法的根拠があることです。特許権の場合、特許原簿の謄本や特許公報の写しを提出し、日本国内で権利が有効に存続していることを証明しなければなりません。まだ特許庁で審査中の出願段階では、この申立てを行うことは認められていません。第二の条件は、侵害の事実が存在すること、あるいは侵害物品が日本国内に輸入されることが客観的に見込まれる状況にあることです。
特許権侵害の証明は、商標権のようにもっぱら外見上の類似性を比較すれば済むものとは異なり、非常に高度で専門的な技術的説明が求められます。そのため、申立てに際して特許権者は、侵害物品が特許発明の技術的範囲に属することを明らかにする詳細な資料を税関に提出しなければなりません。具体的には、特許請求の範囲(クレーム)の構成要件を一つ一つ分解し、侵害が疑われる物品の具体的な構造や仕組みと対比させて説明する「クレームチャート」の作成が不可欠です。さらに、侵害物品の構造が特許請求の範囲と完全に同一ではないものの、実質的に同一であると主張する「均等論」を適用する場合には、その理由と根拠となる証拠を詳細に記載することが求められます。加えて、海外の正規ルートで販売された真正品が第三者によって日本の市場に持ち込まれる「並行輸入品」については、原則として権利侵害を問えない場合があるため、問題となっている製品が適法な並行輸入品に該当しないことを疎明するための資料が必要となるケースもあります。
日本の税関における認定手続の具体的な流れと専門委員制度の機能
特許権者からの輸入差止め申立てが税関によって正式に受理されると、その情報は全国の税関で共有され、水際取締りの対象として監視が開始されます。そして、実際の輸入通関の現場において、権利を侵害している疑いのある「疑義貨物」が税関職員によって発見された場合、税関はその貨物を一時的に留置し、本格的な「認定手続」へと移行します。この認定手続こそが、輸入されようとしている貨物が本当に特許権を侵害しているかどうかを判断する極めて重要なプロセスとなります。
認定手続が開始されると、税関は速やかに権利者と輸入者の双方に対して、疑義貨物を発見したことと手続きが開始された旨を通知します。この通知を受けた権利者と輸入者は、それぞれ自分たちの主張を裏付ける証拠や意見書を提出する機会を与えられます。権利者側は、その貨物が自社の特許権を侵害している理由や技術的な識別ポイントを改めて詳細に主張し、一方で輸入者側は、特許権が存在しないこと、あるいは自社の製品が特許の技術的範囲には属していない(非該当である)ことを立証しようとします。
しかし、特許権の侵害の有無を判断することは、高度な技術的知識と法律的専門知識を必要とします。日々膨大な貿易貨物の処理を行っている税関職員だけで、最先端の技術分野における複雑な特許の権利範囲を正確に解釈し、侵害の該否を決定することは非常に困難です。そこで、日本の税関手続きにおいて極めて重要な役割を果たしているのが「専門委員制度」です。税関は必要に応じて、財務大臣から委嘱された弁護士、弁理士、大学教授などの学識経験者からなる専門委員に対して、当該事案に関する技術的および法律的な意見照会を行います。手続きの過程では、当事者である権利者と輸入者の双方を招いて直接主張を聞く「意見聴取の場」が設けられることがあり、専門委員はそこで技術的な争点を整理し、客観的な立場から分析を行います。その後、専門委員は自身の見解をまとめた意見書を税関に提出し、税関長はその専門的な意見を十分に尊重した上で、最終的に貨物が侵害物品に該当するか、あるいは非該当であるかの認定を下します。この専門委員制度の存在により、行政手続きでありながら、日本の税関の判断には極めて高い客観性と専門性が担保されているのです。
日本における侵害物品認定の簡素化手続の拡大と特許権への適用
日本の税関における水際対策の実務において、近年最も注目すべき大きな変化をもたらしたのが、2023年(令和5年)10月1日に施行された関税法施行令の改正です。この改正の目玉は、税関における侵害物品の認定を劇的にスピードアップさせる「簡素化手続」の対象範囲が大幅に拡大されたことです。これまで、この簡素化手続は主に偽ブランド品などの商標権や、海賊版などの著作権といった特定の知的財産権に係る貨物に限定して運用されていました。しかし、この改正によって新たに特許権、実用新案権、意匠権、さらには不正競争防止法に基づく保護対象営業秘密に関する輸入差止め申立て貨物までもが、簡素化手続の対象に組み込まれたのです。これにより、事実上すべての知的財産権が簡素化手続の恩恵を受けられるようになりました。
では、この「簡素化手続」とは具体的にどのような制度なのでしょうか。通常、税関で疑義貨物が発見され認定手続が開始されると、前述の通り権利者と輸入者の双方から意見や証拠の提出を求めるステップを踏みます。しかし、悪質な模倣品業者の中には、明らかに特許を侵害していることを自覚しており、税関からの通知を意図的に無視したり、反論するための証拠を提出する手間を惜しんで手続きを放棄したりするケースが少なくありません。このような場合、輸入者が反論する意思がないにもかかわらず、手続きのルールに従って権利者にさらなる証拠の提出を求めたり、専門委員に意見照会を行ったりすることは、権利者にとって不必要な負担を強いるだけでなく、税関業務の無駄な長期化を招く原因となっていました。
簡素化手続では、税関から認定手続開始の通知を受けた輸入者が、定められた期限内(原則として10執務日以内)に「侵害の該否を争う旨の申出書面」を提出しなかった場合、その輸入者は権利侵害を認めたもの、あるいは争う意思がないものとみなされます。その結果、税関は権利者に対しても輸入者に対しても追加の証拠や意見の提出を求めるプロセスを省略し、税関長の権限によって速やかにその貨物を「侵害物品」として認定することができます。認定された貨物は没収や廃棄といった厳しい処分の対象となります。この制度改正により、特許権者は、明白な模倣品や法的に対抗する能力を持たない悪質業者に対して、これまで以上に圧倒的なスピードで市場からの排除措置を講じることができるようになりました。これは、日本の特許権者にとって極めて実効性の高い防衛手段の強化と言えます。
米国における特許侵害対策:ITC(国際貿易委員会)セクション337の特質
一方で、世界最大の消費市場であり、最先端の技術とビジネスが交差する米国において、グローバル企業が特許権の保護と輸入差止めのために頻繁に活用しているのが、米国国際貿易委員会(ITC:International Trade Commission)が管轄するセクション337手続です。米国でももちろん、連邦地方裁判所に特許侵害訴訟を提起することは可能ですが、それとは全く別の独立したルートとしてITCの行政手続きが存在します。米国における1930年関税法第337条(セクション337)は、不公正な輸入慣行から米国の国内産業を保護することを目的とした強力な法律です。特許、商標、著作権の侵害はもちろんのこと、営業秘密の不正使用といった不公正な行為も幅広くこの法律の対象となります。
ITCのセクション337手続が持つ最大の特質であり、特許権者にとって最大の魅力となるのが、その圧倒的な「スピード」です。米国の連邦地方裁判所で行われる特許侵害訴訟は、陪審員による審理や複雑な手続きを経るため、提訴から最終的な判決が出るまでに数年(長ければ3年から5年)という長い歳月を要することが珍しくありません。テクノロジーの進化が著しい現代において、数年も待たなければ自社の特許製品を守れないのでは、勝訴した頃にはすでに製品のライフサイクルが終わり、市場価値が失われているという事態になりかねません。しかし、ITCの調査は連邦地裁とは異なり、極めて迅速なスケジュールで進行します。委員会は通常、調査の開始から12ヶ月から18ヶ月以内という短期間ですべての手続きを完了させることを目標として設定しています。過去の法改正により、かつて存在した厳格な最終決定の法定期間制限は撤廃されたものの、現在でも調査開始から45日以内に最終決定のための具体的な目標日(ターゲット・デート)を設定することが義務付けられており、迅速な審理の進行が制度的に担保されています。
さらにITCは、手続きの効率化とスピードアップに向けた新たな取り組みも進めています。2021年5月には、特定の争点に関する「暫定的仮決定(Interim Initial Determinations)」を下すことができる新しい試行プログラムが開始されました。このプログラムは、特許権侵害の有無、特許の有効性、特許適格性、当事者の適格性、あるいは後述する国内産業要件といった特定の個別論点について、行政法判事(ALJ)が本格的な主証拠審問に入る前に証拠審問を行い、早急に仮の決定を下すというものです。これにより、たとえば調査開始からおよそ100日以内という極めて短期間に、事件の核心となる重要な論点に決着をつけることが可能になり、結果として無駄な調査の長期化を防ぎ、当事者間の早期和解を強力に後押しする効果が期待されています。
米国ITC手続における国内産業要件と強力な救済手段である排除命令
ITCは米国の国内産業を不公正な輸入から保護することを目的とした政府機関です。したがって、ITCに対して特許侵害に基づく調査を申し立てる企業は、単に有効な米国特許権を保有しているというだけでは要件を満たしません。申立人は、その特許技術を利用した産業活動がアメリカ国内に実際に存在していること、または設立される過程にあること、すなわち「国内産業要件(Domestic Industry Requirement)」を満たしていることを厳格に立証しなければなりません。
この国内産業要件は、大きく「技術的要件」と「経済的要件」の二つから構成されています。技術的要件を満たすためには、当該特許の請求の範囲(クレーム)を実際に実施している製品(特許を利用した製品)が存在することを示す必要があります。より複雑なのは経済的要件です。これを満たすためには、米国内において工場や設備に対する相当な投資が行われているか、労働力や資本の相当な雇用があるか、あるいはその特許を利用するための研究開発やライセンシング活動に対する実質的な投資が存在することを証明しなければなりません。近年、この経済的要件の解釈に関して重要な判例がいくつか出されています。たとえば、製品の製造自体は海外の工場で行っている米国特許権者であっても、米国内における研究開発、製品設計、販売やマーケティング、倉庫での保管、品質管理といった広範な活動に多額の費用を投じており、それが「関連するすべての要素を総合的に評価して相当なもの」であると認められれば、経済的要件を満たすと判断される傾向にあります。この柔軟な解釈により、グローバルな分業体制を敷いている企業であっても、アメリカ市場への販売やマーケティングに注力していれば、ITCの手続きを利用して強力に権利を保護することが容易になっています。
ITCの調査において特許侵害の事実と国内産業要件の充足が認められた場合、特許権者には極めて強力な救済措置が与えられます。連邦裁判所のように過去の損害に対する金銭的な賠償を命じる権限はITCにはありませんが、それに代わって米国税関・国境警備局(CBP)に対して、侵害製品の米国への持ち込みを国境で即座に阻止するよう指示する「排除命令(Exclusion Order)」を発令します。排除命令には二つの種類があります。一つは、調査の対象となった特定の輸入業者や製造業者の製品のみを対象とする「限定的排除命令(LEO)」です。もう一つは、非常に悪質で広範な侵害が行われているなどの厳しい条件を満たした場合に発令される「一般的排除命令(GEO)」であり、これは侵害製品であればその製造元や輸入元を問わず、米国内への輸入を全面的に禁止するという絶大な威力を誇ります。さらに、すでに米国国内の倉庫などに運び込まれてしまった侵害製品の在庫の販売や流通を禁止する「停止命令(Cease and Desist Order)」を同時に発令することも可能であり、これによって市場から模倣品を徹底的に排除することができるのです。
日本の税関措置と米国ITCセクション337の徹底比較:スピードと効果の実態
ここまで、日本の税関における輸入差止め措置と、米国のITCセクション337手続について詳しく見てきました。どちらも「国境で侵害品を止める」という共通の目的を持っていますが、その法制上の枠組み、手続きの進め方、そして実務上の効果には、比較することで浮き彫りになる明確な違いが存在します。
第一に、手続きを管轄する機関の性質と証拠収集の手法が大きく異なります。日本の税関手続きは、財務省関税局および各税関が担当する純然たる「行政手続き」であり、水際での取り締まりを主目的としています。そのため、申立人である特許権者は、自らの力で事前に侵害の証拠を集め、専門的なクレームチャートなどを作成して税関に提出しなければなりません。相手方に強制的に内部資料を出させる権限はありません。一方で、米国のITCは独立行政委員会であり、その手続きは行政法判事(ALJ)が主導する「準司法的」な性質を持っています。ITCでは、連邦民事訴訟に準じた広範で強力な証拠開示手続(ディスカバリー)が行われます。これにより、特許権者は輸入業者や製造業者の内部に隠されたソースコードや製造プロセスの詳細など、通常ではアクセスできない決定的な侵害の証拠を強制的に引き出すことが可能です。これは特許権者にとって大きなメリットですが、同時に膨大な電子データの提出や証言録取に対応するための莫大な弁護士費用と労力を覚悟しなければならないというデメリットも併せ持っています。また、ITCの手続きには、権利者と輸入者のほかに、公益を代表する第三の独立当事者として不公正輸入調査局(OUII)の調査法務官が参加し、審理の公平性を担保するという特徴もあります。
第二に、手続きのスピードとそれに伴うプレッシャーの性質が異なります。日本の税関手続きは、前述した簡素化手続が適用されれば数週間という驚異的なスピードで決着がつきますし、輸入者が争って専門委員の意見照会が入った場合でも、米国の訴訟に比べればはるかに短期間で認定が下されます。対して米国ITCは、ディスカバリーという重厚な手続きを含みながらも、行政法判事の強力な指揮のもとで12ヶ月から18ヶ月という厳格なスケジュールで進行します。数百万ドル規模の莫大な訴訟費用をこの短期間で支払わなければならないというプレッシャーは、相手方にとって耐え難いほどの重圧となります。
第三に、最高裁判決の影響という観点から見た法的環境の違いです。米国の連邦地方裁判所における特許訴訟では、2006年の「eBay最高裁判決」以降、特許侵害が認められても自動的に差止命令が出されることはなくなりました。権利者が「金銭では回復不可能な損害を受けていること」など、厳格な4つの条件を証明しなければならなくなったのです。この判決により、自らは製品を製造・販売せず、もっぱら他社からの特許ライセンス収入のみを目的とする企業(NPE:非実施主体、いわゆるパテントトロール)が、地裁で差止命令を勝ち取ることが極めて難しくなりました。しかし、行政手続きであるITCの排除命令には、このeBay判決の厳格な基準は適用されません。国内産業要件さえクリアできれば、強力な排除命令が発令されます。そのため、近年ではNPEが地裁を避けてITCを代替的な救済の場として積極的に利用する傾向が強まりました。これに対しては、米国企業を含む国内産業から強い反発が起きており、特許ライセンスのみを事業とする者が安易にITCを濫用できないように国内産業要件を厳格化する法案が議会に提出されるなど、法整備をめぐる議論が現在も活発に行われています。
知財の収益化に向けた輸入差止め制度の戦略的使い分けとライセンス交渉への応用
グローバルに事業を展開する企業にとって、特許権を用いたビジネスの価値を最大化する「知財の収益化」を図る上で、輸入差止め措置は単なる侵害品の排除にとどまらず、極めて有効な交渉のカードとして機能します。知財の収益化において、最終的な目的は必ずしも裁判で相手を最後まで打ち負かすことではありません。多くの場合、有利な条件での特許ライセンス契約の締結、互いの技術を使い合うクロスライセンスによる事業の自由度確保、あるいは多額の和解金の獲得が、ビジネス上の真のゴールとなります。
日本であれ米国であれ、輸入差止めや排除命令の発動は、特許を侵害していると疑われる企業にとって「主要な市場へのアクセスを完全に絶たれる」という、まさにビジネスの存亡に関わる死活問題を意味します。過去の損害賠償請求の訴訟であれば、敗訴しても一定の金額を支払うことで将来のビジネス自体は継続できる可能性があります。しかし、国境での排除命令は将来の販売の機会そのものを根こそぎ奪い取ります。特に米国ITCのセクション337手続が申し立てられた場合、被疑侵害者は前述した数百万ドルの防衛費用を短期間で捻出する負担と、敗訴した場合の米国市場からの退場という絶望的な二重のプレッシャーに晒されます。この容赦ないプレッシャーこそが、相手方を和解交渉のテーブルに強制的に着かせ、自社にとって有利な条件を引き出すための最大の原動力となるのです。実際、ITCで調査が開始された事案の多くは、最終的な決定に至る前に、ライセンス契約の締結という形での和解によって終了しています。
一方、日本の税関における輸入差止め申立ては、ITCと比較してはるかに少ないコストで、手軽かつ迅速に実行できる点が最大の魅力です。2023年の法改正によって拡大された簡素化手続を活用すれば、法的な対応能力の低い悪質な模倣品業者や、反論する意思のない輸入業者が扱う侵害品に対して、圧倒的なスピードで市場からの排除を完了させることができます。アジアの巨大な製造拠点から日本市場へと続く製品の供給ルートを税関で確実に押さえることは、対象企業のキャッシュフローを著しく悪化させます。この実績は、日本国内にとどまらず、グローバル全体での包括的なライセンス交渉において、特許権者に決定的に優位な立場をもたらします。
このように、国境をまたぐサプライチェーンが当たり前となった現代において、特許権の実効性を確保し、その価値を最大限に引き出すためには、各国の司法制度だけでなく、国境を管理する行政措置や独立委員会のメカニズムを深く理解することが不可欠です。日本の税関措置の機動性と低コストを活かしてアジアからの供給網を牽制しつつ、必要に応じて米国ITCの圧倒的な強制力とプレッシャーを行使する。それぞれの制度の特質と要件を正確に把握し、自社のグローバル戦略に合わせてこれらを巧みに使い分けること。そして、その法的措置によって生じる強烈な経済的プレッシャーを、有利なライセンス交渉へと鮮やかに転化させること。これこそが、次世代のグローバル企業に求められる、高度で戦略的な知的財産マネジメントの真髄と言えるでしょう。
(この記事はAIを用いて作成しています。)
参考文献リスト
- 弁理士法人オンダ国際特許事務所、「税関における輸入の差止申立」、URL: https://www.ondatechno.com/jp/zeikan/
- 井上国際特許商標事務所、「税関差止申立ての手順と認定手続の詳細」、URL: https://www.inoue-patent.com/post/custom-sseizure-petition
- 特許庁 / 独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT)、「差止申立ての審査手続」、URL: https://www.inpit.go.jp/content/100030618.pdf
- 浅村特許事務所、「日本 税関における侵害物品認定手続の簡素化対象を拡大」、URL: https://www.asamura.jp/blog/2023/10/10/simplification-of-procedures-for-recognition-of-infringing-goods/
- 財務省関税局、「認定手続(輸入)における専門委員意見照会の流れ」、URL: https://www.customs.go.jp/mizugiwa/chiteki/pages/chart.pdf
- デイビッド・チャップマン法律事務所、「米国国際貿易委員会(ITC)におけるセクション337調査」、URL: https://davidchapmanlaw.com/ja/practice-areas/intellectual-property/ip-litigation-dispute-resolution/itc-section-337-investigations
- 日本貿易振興機構(JETRO)NY 知的財産部、「ITC、337 条調査の迅速化に向けた試行プログラムを開始」、URL: https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Ipnews/us/2021/20210521.pdf
- 日本貿易振興機構(JETRO)NY 知的財産部、「パテントトロールによるITCの濫用防止法案」、URL: https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Ipnews/us/2020/20200831.pdf
- OBWB (Osha Bergman Watanabe & Burton LLP)、「米国の1930年関税法337条 概要」、URL: https://www.obwb.com/04D540/assets/files/documents/JP_A%20Big_Win.pdf
- 日本大学法学部、「ITCと連邦地裁の比較、eBay判決の影響」、URL: https://www.publication.law.nihon-u.ac.jp/pdf/property/property_9/each/10.pdf
- 青山学院大学、「ITCにおける国内産業要件と不公正輸入調査局」、URL: https://agu.repo.nii.ac.jp/record/2368/files/%E6%B5%81%E9%80%9A%E7%A0%94%E7%A9%B6%E3%80%8024%E5%8F%B7_1-12.pdf

